本「『尊厳死』に尊厳はあるか—ある呼吸器外し事件から」 中島みち著 岩波新書

後期高齢者問題で,ミスター後期高齢者と呼ばれている官僚が,高齢者の医療が無駄であるとの発言で批判されていますが,これが現在の厚労省の政策の基本的 視点に思えます。これと,「尊厳死」とは紙一重の内容であることは,この本を読んでも明らかになります。ところで,著者はまず「尊厳死」とは,「最期の一 瞬まで尊厳ある生が守られ」ることとしています。「尊厳」の内容はその時々の価値観で変化をするかも知れませんが,私もそう思いました。
2006年3月に富山県の射水市民病院で入院中の末期患者7人の人工呼吸器が外され,死亡していたことが明らかになりました。この人工呼吸器外し事件が,意図的にマスコミにのり,「尊厳死法制化」「医師の免責」などが叫ばれるようになったそうです。
著者は,この事件で死亡した7人がどのような状態で呼吸器を外されたかを取材しています。発表は「脳死」とされていたにもかかわらず,脳死ばかりか「植 物状態」でもなかったり,そもそも呼吸器をつける意義もなかったのに呼吸器をつけていたり,患者の「尊厳」を守るような努力はされていないことがわかりま す。
ところが,当該の医師はマスコミに頻繁に登場し始め,死亡した7人が「脳死状態」であったなどの説明をして,「尊厳死」を実行する勇気ある医師として祭 り上げられます。著者はこの医師を長く取材して,当初はよい医師という印象をもつのですが,それがどんどん裏切られていくことを少々しつこく書いていま す。
この医師が当初と違ってマスコミでも「尊厳死」を大変強気で語れたのは,実は強力なバックアップがあったためでした。日本尊厳死協会がこの医師の支援の ために活動家を遠方から派遣し,マスコミに働きかけて記事を提供していたことが示唆されています。ねらい通り,この事件の後には日本尊厳死協会の会員が急 増します。
この本の結論は,「尊厳ある死」ではなく,「尊厳ある生」をどうして保障するかが重要であるとしています。
後期高齢者医療を代表とする医療・介護・障害者など今の医療政策をみてみますと,生きているものが尊重される政策ではありません。まずは,その保障を求めるという著者の考えに賛成です。
しかし,この本には書いていませんが,医療は科学的で本当に病気を治し,苦しみを緩和できるものでなければならないことが明確にされるべきです。
三重県であった,高齢者に効かない点滴を毎日し,感染で死や苦しみを与えたことに代表される,不要・害悪な医療が大多数を占める日本の医療内容を変えることも「尊厳のある生」を保障する大切な柱であることを確信しました。

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