本「崩壊する日本の医療」鈴木 厚 著 秀和システム

医療崩壊の危機が叫ばれて久しいですが,本書は議論を進める上で良い資料集になると思いますので紹介します。
最初にお断りしておきますが,著者は現場の医師(医師会員?)としての利害から持論を展開しておられます。ですから「医療をサービス業と呼ぶのは間違い です」「『患者中心の医療』という流行語も患者の無制限な主張を正当化する可能性があります」などの言葉に始まり,提言の中で「消費税の目的税化」で医療 費を確保する,「研修医の徴医制度」で強制的に地方に研修医を配属する,「傷病手当金などの廃止」で疾病だけを対象とした保険とする,「ドクターの技術 料」は確保するなどの言葉で終わっています。筆者はこれらの考え方や提言を支持しません。にもかかわらず本書が指摘している諸点の的確さには,すばらしい ものがあると思います。

「地方と地方都市の医療」の章では,自治体の医療危機と医師不足を招いたのが,病院の赤字を槍玉に上げ補助金カットを続けてきた結果であることが示され ます。医療費増が問題とされる最中,この数年で補助金は数十億円カットされて来ています。医師不足,看護師不足も今に始まったことではありません。医学部 の定員を計画的に抑えてきたのは他ならぬ厚生労働省です。
「日本の医療財政」の章を見ると,昭和55年に国庫負担+地方自治体負担が35%であったのに対し平成11年では33%に減り,事業主負担も2%減って いる一方で,家計負担は45%と5%も増えていることが分かります。「社会保障と公共事業」の章では,社会保障給付費の国際比較が示されていますが,ス ウェーデンは対国民所得50%以上,フランス38%,ドイツ33%,イギリス27%に比してアメリカは19%しかありません。日本に至ってはわずか15% にとどまっているのです。
「世界の医療の現状」の章では,国民医療費の国際比較が示されており,1996年には一人当たりの医療費が7位,対GDP比では19位となっていて,決 して多くないことが分かります。それが証拠にベッド100床あたりの医師,看護師数で見ると,イギリスの1/3程度しかないことが分かります。

このような低医療費政策の下にあっても,製薬企業や医療機器産業は着実な利益を上げています。病院には患者さんがあふれているのに病院経営は赤字だとい う深刻な事態とは大違いです。これは薬剤費や医療機器の公定価格が高く設定されており,諸外国以上に医療産業が優遇されているためです。残念ながらこの点 について,マスコミも含めて,ほとんど追及されていないのが実情です。
著者の指摘する通り,医療に市場原理を持ち込めば,儲けを追及して医療費全体が膨れ上がることは目に見えています。だからこそ本当に意味のある効果の確 認された医療を,全国民に無料に近い価格で提供できるシステムが必要なのです。そのためには医療従事者を先頭に,国民的な運動を作り上げて行かなければな りません。本書はその土台作りに貴重な資料を提供してくれていると思います。ごいちどくを。

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