本「あなたの命にかかわる 薬のいちばん大事な話」 別府宏圀(医薬品・治療研究会代表)著  KAWADE夢新書

1955年頃,腹痛・下痢・下肢の知覚異常(しびれ)・筋力低下・視覚障害などを呈する病因不明の疾患が報告され,亜急性(Subacute)脊髄 (Myelo)視神経炎(Optico Neuropathy):SMON(スモン)と名づけられました。1970年,それまで日本で乱用されていたキノホルムが原因薬剤と判明します。スモンと いう病気が現れてから15年の間にキノホルム薬害をこうむった人々は認定患者だけで1万人を越していました。1961年には北海道に多発したため地域名を 冠した釧路病と呼ばれたり,病因としてはウィルス説が主流であったため発病者に対する人権侵害も発生していました。被害者の人々は製薬企業と国の責任を追 及する裁判を提訴されましたが,原告側証人の一人が別府宏圀氏です。スウェーデンの眼科医レナ−ト・ベルグレン氏と小児科医オッレ・ハンソン氏がキノホル ムを投与されたのち視神経萎縮を呈した小児患者を報告し(1966年),キノホルムの神経毒性を証明されていた(1968年)ので,別府先生はストックホ ルムまで行かれてオッレ・ハンソン医師のスモン裁判法廷での証言を実現されました。現在はまた,肺ガン治療に認可されたイレッサによる薬害裁判の証人にな り薬害被害者の支援を続けておられます。
著者は「医師・薬剤師に正しい医薬品情報を伝えることで,副作用被害や医療事故を防ぎ,適正な治療を推進する」ために刊行された,薬メーカーと関係をも たない独立医薬品情報誌「正しい治療と薬の情報(TIP)」の編集長を1985年創刊当初より続けておられますが,この書物の序文には,「薬」が抱えるゆ がみを直す力は,製薬業界はもちろん,医師会にも,医学界にも,また厚生労働省にもない〜中略〜患者とその家族,そして”医療の消費者”である私たちが医 療や医薬品の矛盾に気付き,その誤りを正そうとしない限り,けっして解決はありえない,と述べておられます。
2002年厚生労働省は「セルフ・メディケーション」推進のためスイッチOTC薬の積極的開発促進を提唱しました。スイッチOTCとは,要処方箋薬で あった医療用医薬品を薬局でもカウンター越しに買える(0ver The Counter)一般用医薬品に切り替える(スイッチする)ことを指します。スイッチOTC薬にはH2ブロッカーをはじめ,インドメタシン,塩酸アゼラス チン,フマル酸ケトチフェン,ほか抗真菌薬や抗ウィルス薬(アシクロビル)なども含まれています。「セルフ・メディケーション」普及によって国の医療費を 削減し国民皆保険制度が守れるし,病院に行く時間も節約できると吹聴している論者もいます。しかし大企業の身勝手な解雇を規制する政策も立てず,保険証を 取り上げられる国民を放置している政府・厚労省の薬事行政を信頼できるでしょうか?
ちなみに,この著作は2003年12月に上梓されています。身の周りに氾濫する「薬」への対処のしかたを始め,自分たちの安全を守る情報を獲得する「すべ」の紹介など,私達の力量アップが必要なんだと悟らせて頂いた書物でした。

2009.3 I