医学論文を読む:メタボリックシンドロームを巡る前向き研究の現状

前号,前々号でご紹介したように,メタボリックシンドロームそのものは病気ではありません。危険因子と呼ばれるものに属します。しかもメタボリックシン ドロームが危険因子だと言うのは理論的予測にしかすぎません。病気の発症や寿命との関係について決着がついているわけではないのです。
メタボリックシンドロームが本当に病気の発症と関係があるかどうかを調べるには,前向き調査研究(コホート研究とも呼ばれます)が不可欠です。すなわち 病気を発症していない人々を多く集めて,すでにメタボリックシンドロームがある人と無い人で,病気の発症率に差があるかどうかを調べるのです。統計学的に 有意の差が検出されて始めて「メタボリックシンドロームは病気の発症を予測する」危険因子だと確認できるのです。
さて昨年11月に発表された自治医大コホート研究(J Epidemiol 2007;17(6):203-9.)の結果をご紹介しておきましょう。この研究は12地区の共同で行われていますが,その内の3地区で1992年から 1995年の間にウエスト周囲径測定を含むベースライン調査を受けた2176名(男性914人,平均年齢56.4歳。女性1262人,平均年齢55.9 歳)を解析対象にしています。12.5年追跡し,全死亡との関係をコックスの比例ハザードモデルで分析しました。ハザード比は男性 1.31(0.64-1.98),女性1.31(0.41-4.18)で,ともに有意ではありませんでした。心血管疾患に限定しても,それぞれ 1.84(0.68-4.96),1.31(0.17-9.96)で有意ではありませんでした。しかし,これで関係がないと安心してはいけません。日本疫 学学会の最新の学術総会抄録を見ると,同じコホート研究で,脳卒中ではハザード比に有意差があったと報告されているではありませんか!どうやらメタボリッ クシンドロームの存在を否定するのは,なかなか大変なことのようです。
他にも「久山町研究」の報告があって,腹囲基準を男性90 cm以上,女性80 cm以上に修正すると脳梗塞の発症率に有意差が検出された(リスク比2.72,P < 0.001)とされていました。腹囲測定の意味が怪しいことを皆が感じ始めているわけですが,この発表はメタボリックシンドロームを否定するのではなく て,基準を変えれば良いとする立場です。
また,高齢者においては肥満度(BMIを使用)が一番低い群の死亡率が一番高かったとする発表(東京都老人総合研究所)や腹囲と糖尿病発症の関連はJ型 カーブを示した(つまり肥満の人だけでなく,やせの人にも多かった)という発表(金沢医大予防医学),BMIと脳卒中の発症に関連を認めなかったとする発 表(日本動脈硬化縦断研究グループ)などがあり,注目されます。これから侃々諤々(カンカンガクガク)の議論が始まりそうです。EBM健康情報研究会でも 積極的に情報の整理に当たっていくことが問われていると思います。

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