豚が空を飛んだのか? —新型豚インフルエンザの流行について—
新型豚インフルエンザの情報が日本を中心に?世界中を席巻している。
アメリカ疾病情報センター(CDC)が4月17日WHOにアメリカでの二例の報告をし,WHOが29日にパンデミック5を宣言してから1ヵ月がたった。 当のアメリカ,メキシコでの確定新患者は早くも5月に入ると同時に減少に向かった。一方日本では「新型怖い」から「今は軽いが変異したら怖いゾ」という政 府,専門家?一体となった脅しが効き,ロッシュ,中外製薬,マスク業者は大儲け。観光地は閑古鳥が泣いているのに,もっとも感染の危険度が高い病院には人 が集中しパンク寸前といった事態に。
一次資料はいまだに限られたものではあるが,今回の新型豚インフルエンザに焦点を当ててみた。
1) いつどこからからはじまったのか
アメリカでの確定例の発症は3月28日(同定報告は4月17日)。メキシコでは3月初旬に発症したと推定されている。もともと豚インフルエンザに人が罹 ることはたまにあり,20世紀の3回のパンデミックも豚からと推定されている。人から人に豚インフルエンザがうつっていることが今回の大騒ぎの原因であ る。アメリカでは2008年9月以降2009年2月まで3例の人の豚インフルエンザ罹患があり,2009年2月の例は豚からの感染が確認されていない(人 から人にうつった可能性がある)。不可解なのは,この症例のウィルス遺伝子配列が公表されていないことである。ともあれ,今回の新型豚インフルエンザウィ ルスは,4月以降,アメリカ,メキシコ,カナダ,イタリア,スペイン等のヒトで分離同定され,遺伝子でみると同じものである。CDCの公表によるとインフ ルエンザの8つのゲノムのうち2つがアメリカではなくヨーロッパ豚の起源という。今後,実験室からの感染も含めて感染源の追及は重要である。豚が空を飛ん だわけではない。
2) 伝染力はどのくらいか
アメリカのニューヨークの高校生での流行や,日本の関西大倉高校での流行をみると,均一集団で比較的短期間に多数が罹患する。が,その後の家族,第三者 への流行は極端に限られているようだ。WHOは通常のインフルエンザ罹患者が他の人へ感染させる率は1.1であるのに対し,今回の新型豚インフは1.3と しているが(ちなみに麻しんは15くらい),新形の流行にしては感染力は低い。ちなみに1955年のアジアかぜは小学生の70%が罹患した。本格的な流行 シーズンを視る必要はあるが,今後本格シーズンに突入するオーストラリアやニュージーランドでの流行も聞こえてこない。アメリカやメキシコでは5月2日の 時点で確定新患者数は減少に転じた。通常の季節性インフルエンザの流行は,国単位でみて終息に10週間前後かかることを考えると,2週間での減少は異例の 短さである。
弱毒ウィルス株を作るのに,種を変えて継代培養をするという方法があるが,今回の新型豚インフは人から人にうつる過程で伝染力が弱まるようである。 1976年,アメリカの軍隊内で死亡例1名を含む人から人への豚インフの小流行があったが,その時と似たような経過をたどる可能性が高い。
3) 重症化に対する考え方
CDCは4月23日,WHOに先駆けて新型豚インフルエンザの人から人への流行を公表した。が,その際,初めの9歳,10歳の2症例について報告し,い ずれも無治療で軽快,2次感染が予想される家族も無治療で軽快したとの詳細も公表した。一方日本では専門家からも含めてこの情報は流されず,メキシコでの 新型豚インフ死亡○名,罹患○名といった情報が一般に刷り込まれる事態となり,罹患に戦々恐々となる事態が形成された。
罹患後の経過については,アメリカでは5月7日,詳細の判明している400例について,入院9%,基礎疾患が入院例の約40%,入院例の50%が肺炎合 併,2例死亡などを発表。さらに5月18日にはカリフォルニア州での罹患550名中の入院30例についての詳細が発表された。死亡例は0,基礎疾患を有す る例は約70%,呼吸窮迫や不全症例が10例,肺炎は50%に認められ,ICU収容が20%といった内容である。頻度は低いが,呼吸器症状を呈する患者, 特に基礎疾患を有する患者に対しては注意深い診療が必要であると分析できる。
一方日本では,初期情報がいまだに尾を引き兵庫での入院症例43例の分析(すべて軽症)後も「今後どう強毒変異するかわからない」式の論理が,かっ歩している。豚がトリのように空を飛ぶわけではないのに。
4) 対策の欠陥
H5やH7型の高病原性トリインフルエンザが人から人に流行を起こした際にどう防ぐかを想定したWHOのマニュアルが何のストッパーもなく世界中に流布 され,最も忠実に守っている日本で漫画的事態が生じているというのが現状であろう。「パラノイアみたい」という欧州からの留学生の発言は日本の現状を端的 に示している。普通のインフルエンザをH5に対するマニュアルで対応しようとする誤り,もっと根本的には,防ぐことではなく,重症者への対応をどうするか のみを考えるべき疾患に対し,防ぐことを目標に強制力をもった対策をたてたという過ちであろう。マスクや休校,発熱外来の設置やタミフル,リレンザ,今後 のワクチン狂想曲など,非科学的反応をますます助長させるだけの対策でしかないのではないか。感染者への村八分,発熱外来の弊害としての他の発熱疾患患者 の診療の遅れ,重症患者への診療拒否などが今後の問題であろう。
1918年のスペインかぜ流行時の低所得層の死亡,2002年のマダガスカルでのA香港型流行時の高い死亡率は,パンデミック時の基本的インフラの構築,社会的弱者対策の重要性を示している。
5) 今後の課題
妊婦や小児へのタミフル,リレンザが無前提に拡大し,被害が大きくなる可能性がある。高度脳機能障害に対する情報,妊婦に対する安全性についての情報を研究する必要がある。
ワクチンについては,同じH1N1の亜型でも豚と人では免疫反応がかなり違うという可能性を今回の騒動は示している。豚→人は極端な例ではあるが,人→ 人での亜型内の違いでも免疫反応が異なることの証明である。現在の三価ワクチンに新たに豚のH1を加えるのか?あるいは全粒子ワクチンを作るのか。 1976年の二の舞が予想される神経学的後遺症の多いワクチンが出回ることを止める必要がある。
実験室感染なども十分予想される今回の新型騒動に対しては,どこから来たのかについても研究を進める必要がある。
今後の新型豚インフルエンザの推移もモニターしていく必要はあるが,ウィルス学的診断の整備,重症患者の診療体制の整備を怠ってはならない。
2009.5 Y
参考文献
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N ENGL J MED 10.1056/nejme0903992
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WHO/CDS/CSR/GIP/2005.5 ほか