本「公平・無料・国営を貫く英国の医療改革」(2009年9月)

公平・無料・国営を貫く英国の医療改革
武内 和久,竹之下 泰志著
集英社新書 680円+税

最近まで,イギリスの医療は,無料だがまともな医療を受けられない。癌の手術も何年も待たされるなど,日本と比べると,とんでもなくひどいという紹介が ほとんどでした。この本は,今の日本の医療に何が求められているのか,という問題意識で,イギリスの医療制度を今までと違い肯定的に紹介しています。
「どこでも誰でも保険証一枚で」をめざして1961年より発足した日本の「皆保険」は,今や崩壊の危機に瀕しています。その第一は,医療保険そのものの 問題です。その中核である国民健康保険料を払えない人が2割にものぼり,患者負担が年々増大し,受診が制限されつつあります。第二は,医療機関が患者の求 めるものを供給できなくなりつつありことです。
それに対し,イギリスでは保険料を払っていなくても,無料で医療を受けることができるのです。日本でも,生活保護者の医療は基本的には無料であり,乳幼 児や障害者の医療が自治体などの補助で「公費負担」となっていますが,以前は高齢者も無料(自己負担なし)でした。この「公費負担」を国レベルで増やして いくことが,本当の公平な医療を提供するための前提になるかと思われます。
イギリスの医療で,前述の様にひどく批判されていたのは,自由に,すぐに受診できないことでした。イギリスと日本の決定的な違いは,イギリスではまず地 元の診療所でかかりつけ医(GP)の診療を受けて,それから専門的な医療が必要なら紹介される所です。もちろん救急患者は例外です。その診療所 は,National Health Service (NHS)に属します。ちなみにコクラン共同計画も,ここからかなりの資金を得ています。
診療所は2000人弱の登録された住民の健康に責任を持ち,人数などに見合った報酬を受けます。この供給体制が医師や資金不足でうまく回らなくなっていたことは確かで,それを大きく改善したのがブレア時代です。
著者は,この間行われてきたイギリスの医療改革の大枠を紹介しています。その際の信念は「公平・無料・国営」です。そしてそれが国民の圧倒的多数に支持 されており,新自由主義政策をとろうとしたサッチャーなどの政権も基本的には変えられなかったものです。具体的な形は別にしても,日本においても「公平・ 無料・国営」は目標とすべきかと思います。
この本には,英国医療が基本としつつあるEBMの実践については極わずかしか紹介されていませんし,巨大製薬企業の影についてはまったく触れていませ ん。さらに,英国医療の基本である「国営」に対して「民間活力」を強調するなど,矛盾点もありますが,是非一読の本かと思います。

2009.9 H