ブータンの医療(体験報告その1)(NEWS No.450 p04)

こんにちは!私加畑は、先月1月18日から28日の間「京大ブータン友好プログラム」第10次訪問団メンバーとしてブータンを訪問しました。風土や文化だけでなく医療状況も視察することができましたので、今月から3回にわたってご報告いたします。今月はブータンの風土や社会、来月は医療システムと伝統医療について、最後は医療の課題について見聞きしたことをお伝えしたいと思います。

さて、もう1年以上前になりますが、ブータン第5代国王がお妃とともに来日され被災地などを訪問し激励の言葉を贈られたことは、まだ記憶に新しいのではないでしょうか。ブータンが世界的に注目を浴びている一番の理由は、「国民総幸福」=「GNH」という概念です。この概念は1976年に当時21歳の第4代国王によって提唱されて以降、国の政策の基本指針となっているものです。「GNH」の理念は「人間社会の発展とは物質的な発展と精神的な発展が共存し、互いに補い合って強化していったときに起こる」という考え方であり、物質的豊かさを追求することだけに終始してきた近代文明のあり方に鋭い問いを投げかけています。ブータンの国会を通過した政府は必ず「GNH委員会」で討議され、「この政策は国民の幸せに貢献できるか」という点から審査を受けます。「GNH委員会」で承認されなければ、その政策は実行されません。

ブータンは南アジアに位置し、インドと中国という二つの大国に挟まれた小さな国です。面積は約3万8千㎢、人口は約72万人(2012)ですので、九州の面積に島根県の人口が住んでいるというイメージです。人口密度が低いですが、これは山がちな地形と関係しています。国土の大半は標高2千m以上の山地で、北は7千m級の峰が連なるヒマラヤ山脈の主脈です。しかしインドに近い南部では標高が200mほどですので、標高差の非常に大きな国であることが分かっていただけると思います。亜熱帯から寒帯まで、ひとつの国の中に多様な気候が存在するのは日本と共通しています。ですので、地域によって問題となる感染症も異なり、たとえば南部ではマラリアやデング熱などが依然はびこっているとのことです。人口の約7割は農村に住み耕作を営んでいますが、都市の人口は急増しています。首都ティンプーではこの10年で人口は2倍以上になり、至る所で建設現場を目にしました。識字率は約56%(2012)で、平均寿命は67.3歳(2011)です。公用語は西ブータンの言語であるゾンカ語ですが、実際には様々な言語が飛び交っています。というのも、ブータンは多民族国家なのです。「ブータンは多民族国家」という事実は、現地で私を驚かせたことのひとつです。ブータン人は日本人に姿形が似ていると言われますが、それはチベット系ブータン人のことです。チベット系が国民の約7割、残りの3割の大半はネパール系で、その他に少数民族もいます。ですから、たとえば医療現場では、スタッフ同士は英語で会話し、西ブータン出身の患者に対してはゾンカ語、東ブータンの患者に対してはツァンラカ語、ネパール系の患者に対してはネパール語で会話するといった具合です。多民族性はブータンをその外からマスコミを通して眺めているときには見えにくい事実だと思います。それは、ブータン政府にネパール系住民の存在を隠そうとする意図があるからです。彼らは19世紀後半以降ブータンへ移住した移民で、歴史的背景について書くのは別の機会に譲りますが、とにかくチベット系住民とネパール系住民の仲は良くありません。この話ひとつ取っても分かるように、ブータンは決して「桃源郷」ではなく、いくつもの課題を抱えたひとつの国です。日本人は絶対視しがちといいますか、ブータンに関しても美化しているようですが、医問研で勉強させていただいている身として、その裏に何があるのかを見なければいけませんね。(次号へ続く) (京大医学部学生 加畑)