医療トピックス 鎮静薬「プロポフォール」事故に関して(NEWS No.469 p04)

今年6月に、東京女子医科大学病院が会見を開き、2歳の男児が鎮静薬「プロポフォール」の副作用で死亡したと明らかにしたことは記憶に新しいのではないでしょうか。小児の人工呼吸器使用での使用が禁忌である薬により死亡したとのことで大きなニュースになりました。今回、これに関して、一般的な知見や、この薬が使われる問題について考えてみたいと思います。

プロポフォールとは静脈麻酔薬のひとつです。特徴としては、速効性があり深い眠りを得られるにも関わらず、効果が続く時間が短いことがあげられます。麻酔薬は、呼吸抑制作用があり、すぐに効果が切れるということは麻酔薬では安全に使用するうえで重要なことになります。この特徴から、ほとんどの手術時の挿管前の麻酔導入時の薬として使用され、他にも簡単な処置を行うときの麻酔薬として使用されています。また、脳圧を下げるなど脳を保護する効果が期待され、痙攣重積(痙攣がなかなか止まらない)時に使用することもあります。

そのような使いやすいプロポフォールが問題になった今回の副作用は、propofol infusion syndrome(プロポフォール注入症候群)といいます。これは、1992年に初めて報告されました。持続投与時におこり、症状としては、急激で治療に抵抗する不整脈、脂肪血症・肝腫大・代謝性アシドーシス・横紋筋融解などを認めます。それらが、なぜ生じるのかは不明で治療方法も確立していません。
また、この副作用の頻度は不明ですが、FDAの調査でプロポフォールを使用した小児患者のグループと他の麻酔薬を使用したグループを比較したところ、プロポフォール群の死亡率が10%と、非プロポフォール群の4%に比べて統計的有意に高いとの結果がでました。このことからFDAは小児のICUでの人工呼吸管理中の使用は適用外としました。また、本邦でもこれをうけて、人工呼吸中の小児での使用が禁忌となりました。実はその後、成人でも発症することがわかり、持続投与された1%に発症するという報告があります。発症するリスク因子としては小児であること以外に48時間以上の使用、時間当たり4mg/kg以上の大量投与などがあります。

日本集中治療医学会が、この事件をうけて行った全国ICUのアンケートによる実態調査の結果では、小児(16歳未満)に持続鎮静に使用したことがある割合は19%で、小児ICUに限ると37%でした。(回収率が4割程度と悪く、不正確ですが。)海外での調査では、鎮静困難例では使用されることがあり、その場合は多くの施設で投与量や投与期間の制限を設定しているとの報告がありますが、本邦では上限を設定している施設は、使用していると答えた施設中の25%でした。また、使用した際の定期的な検査もあまりしていませんでした。

今回の報道では、主治医に心電図などの異変が報告され、適時検査を追加されてはいますが、診断に至るのに数日を要しています。これは主治医や麻酔科医の認識が低かったのではないでしょうか。そして、本症例は本当にプロポフォールによる鎮静でなければいけなかったのでしょうか、他の鎮静薬の使用を試みたのでしょうか。今回の記者会見により、小児の集中医療に携わる医療者全体に禁忌薬を使うことの怖さや自覚をもつことを喚起することになったと思います。残念なことに、冒頭の亡くなられた児童の疾患はリンパ管腫という良性疾患でした。ご両親の無念さは計り知れません。全国のICUでの今後の使用方法の改善を期待しています。

研修医 林 直子