いちどくをこの本『美味しんぼ「鼻血問題」に答える』(NEWS No.479 p07)

『美味しんぼ「鼻血問題」に答える』
雁屋 哲 著
遊幻舎 1400円+税

美味しんぼ」は、小学館「週刊ビッグコミックスピリッツ」に1983年より連載されている漫画の題名で、テレビドラマ化や映画化もされています。
福島第一原発を見学した主人公らが疲労感を呈し鼻血を出す場面、前双葉町長井戸川克隆氏や福島大学准教授荒木田岳氏への取材場面などを描いた「美味しんぼ 福島の真実編」が2014年4月末に掲載されると、「スピリッツ」誌編集部は通常業務ができないほどの抗議電話にさらされます。
マスコミ、インターネットでの作者、出版社に対する「攻撃」とともに、行政の福島県双葉町、川内村村長、福島県庁、大阪府・大阪市などは、編集部に対し抗議文を送り、政府閣僚の記者会見では、「根拠のない風評に対しては、国として全力を挙げて対応する必要がある」(安倍首相)、「根拠のない差別や偏見を助長する」(森まさこ大臣:当時)などの批判が続きます。
環境省は5月13日、「不当な風評被害が生じることを避けるとともに、福島県内に住んでおられる方々の心情に鑑みて」と、「放射性物質対策に関する不安の声について」と題した見解を出し、国連科学委員会の報告書(2014年4月公表)を引き合いに出して、「放射線被ばくが原因で、住民に鼻血が多発しているとは考えられません」と述べ、「疲労感・鼻血といった症状と被ばく量との関係がすでに知られているほどの被ばくをされた
方は確認されていません」(だから、症状が出る筈がない)と説明しています。
スピリッツ編集部は同19日、抗議文や批判意見、学識者の見解などをまとめてホームページに掲載しましたが、「反原発」を唱える識者の中にも、環境庁と同様の判断基準を示したり、低線量被ばくとの関係は不明とする方々がありました。
「美味しんぼ」は休載となり、「原発事故は終息した、福島は今や人が住んでも安全だし、福島産の食べ物はどれを食べても安全だ、という国家的な認識に逆らってはいけないという『この国の神聖なタブー』を破った極悪人扱いを受けた」著者は、「雁屋 哲叩き」が沈静化するまで「沈黙」を選びました。
この書物は、以上の経過を「鼻血問題」と表現した著者が「浴びせられた非難に反論すると同時に、『美味しんぼ 福島の真実編』で書き切れなかったことを書いて」、自らが立ち上げていた発行所より本年2月出版したものです。
著者は50年前の大学受験と大学一年の夏、福島県霊山町に滞在しました。福島の人々の心根と美しい福島弁に触れた、その時の体験が著者の福島に対する心情の根底にあり、「自分の愛する福島が原発事故にめげず復興していっている様子を描こうと意気込んで、(2年にわたった)福島取材を始め」ました。
漁業、農業に携わる方々を始め福島の人々の協力を得て取材した「第4章 福島を歩く」の内容をどの様に読者に伝えるかを悩んだ著者は、「第5章 福島第一原発を見る」の中で「福島第一原発の敷地内に入って、その実情をこの目で確かめたことで、私は『美味しんぼ 福島の真実編』をどんな形でまとめるか、その決心が固まった」と述べています。1kgあたり100ベクレルなら安全とする政府の基準を批判する「第6章 内部被曝と低線量被曝について」も書かれています。日本の、表現をめぐる危険な状況を学ぶためにもお勧めします。

小児科医 伊集院