臨床薬理研・懇話会−7月例会報告(NEWS No.480 p02)

Ⅰ.シリーズ「統計でウソをつく法」を見破る 第5回
患者や保険は何のために高価な糖尿病治療剤に支払っているのか

今回も著名医学雑誌に掲載されたランダム化比較試験(RCT)論文の実例を批判的に検討しました。
糖尿病経口治療剤(DPP4阻害剤)ジャヌビア(一般名シタグリプチン)の、副作用としての心血管リスクについて検討したTECOS試験論文です(NEJM2015; 373: 232-42)。

糖尿病治療剤の本来の使用目的は、高血糖の持続などによる大血管(冠動脈疾患など)と微小血管(網膜症など)の合併症防止です。しかし、これらを臨床試験で実証するには長い年月を要するとして糖尿病治療剤は、代替エンドポイントであるヘモグロビンA1c値の低下で承認され販売されています。しかし、ヘモグロビンA1c値の低下が実際に血管合併症の抑制につながるというエビデンスは乏しく、とりわけ大血管合併症では皆無に近い状況です。

逆に、糖尿病経口治療剤の大血管合併症のリスク増加を疑わせるデータが問題となりました。
FDAは2008年に糖尿病経口治療剤に、その安全性に関し心血管リスク増加が一定基準内にあるというRCTデータの提出を求めました。提出されたDPP4阻害剤2剤(サキサグリプチン, アログリプチン)で、全体的には基準内ではあるものの、心不全による入院を増加させるのではという懸念が生じ、今回のトップ製品でもあるジャヌビアの試験結果が注目されました。

メルク社は2015年4月、ジャヌビアが安全性の主要評価項目を達成し、心不全による入院も増加させないと発表しました。
それらのデータは6月8日NEJM誌電子版に論文が掲載されると同時に、米国糖尿病学会(ADA2015)で華々しい演出のもとにプレゼンテーションされました。

TECOS試験は、ヘモグロビンA1cレベルが6.5%から8.0%で心血管疾患を持つ患者に追加治療としてジャヌビアまたはプラセボを割り付け、3年間(中間値)比較しました。
ヘモグロビンA1cはジャヌビアがプラセボと比較し0.3%低かったのですが、心血管リスクのプライマリー複合エンドポイントと心不全による入院は差がありませんでした。また微小血管合併症も差がありませんでした。

この結果の意味するところは、要するにジャヌビアは糖尿病経口治療剤の本来の目標である大血管・微小血管合併症に対する効果でプラセボと何ら変わらなかったということです。
薬事ハンドブック2015によれば、シタグリプチン製剤はジャヌビア(MSD)、クラクティブ(小野)を合わせ、2013年に1085億円の売り上げがあります。
企業は心血管系への安全性が証明されたと大々的にアナウンスしていますが、この医薬品の役割は何なのだろうか、患者や医療保険は何に多額の支出をしているのだろうかとの疑問が湧いてきます。

薬剤師 寺岡