いちどくを この本:『ファルマゲドン―背信の医薬』(NEWS No.482 p07)

かつての医療は生命にかかわる病気の治療を目的としていたが、現代の医療は危険因子を修正する薬剤を使って慢性病を管理する方向に突き進んでいる。製薬企業が病気を売る世界だ。製薬企業は最も莫大な利益をあげている企業の一つであり、潤沢な資金でロビイストと影響力を買い、医師を振り向かせるだけでなく、患者グループを形成させて新薬のロビイ活動を展開させている。臨床試験のほぼすべてが製薬企業により設計・実施され、学術誌に発表された論文はゴーストライティングされている。

患者に対する医師の役割は、ガイドラインに結び付けられた目標に基づき、患者を「教育」して本人がかかっているとも思っていなかった疾患の治療を受けさせることになりつつある。
その治療法は、利益よりも障害をもたらす可能性がある。

新規性をもつ向精神薬の流れは1980年代半ばに止まってしまった。抗うつ剤は重い気分障害の治療に限定されていて、ベンゾジアゼピン系薬剤は依存性が問題となった。
大手製薬企業の戦略は、すべての不安症にはうつ病が隠れていると医師を説得すること、選択的セロトニン再取込み阻害剤(SSRI)は抗うつ剤であるだけでなく進歩した治療法であると思い込ませることだった。

躁うつ病は発生率が100万人に10人と稀で重篤な疾患だったが、躁うつ病にとって代わった双極性障害は100万人に5万人の割合で生じるとされる。
双極性障害の患者たちは、廉価な抗うつ剤や精神安定剤ではなく、新しくより高価な気分安定剤で治療すべきであるとされている。

SSRIは神経伝達物質の不均衡を改善するという宣伝に見るように、マーケッターは科学的知識のうち都合のよい部分だけを利用する。
企業のもう一つの戦略は、ある疾患の治療薬を売るためにその疾患自体を「売り込む」ことだ。
子ども時代のほとんどの悩みや異常は一過性だが、疾患や神経伝達物質の不均衡という観点で、治療が必要だと考えるように仕向ける。
比較試験は、製薬企業のマーケティングツールになってしまった。評価尺度や血液検査における、臨床的には意味があるといえないプラセボとのわずかな差が、統計的有意差にすり替わり、薬剤が効くというエビデンスができあがる。

さらにはガイドラインが最新の医薬品を処方させる手段となっている。
価値中立的なはずの英国のNICE(国立医療技術評価機構)は2006年のガイドラインで小児双極性障害に言及しなければならなくなった。
それまでは米国以外で子どもの双極性障害の存在自体が信じられていなかった。
しかし双極性障害の治療に関して製薬業界が策定したガイドラインとNICEのガイドラインとは見分けがつかない。
双極性障害のレッテルを貼られた活発すぎる子どもたちに鎮静剤の臨床試験をおこなえば目に見える効果が生じ、その臨床試験の結果はガイドラインを生み出す。ガイドラインがあれば疾患は本物とみなされる。愕然とするような事態が進行しているのだ。

これに対する著者の抜本的な改革案は、臨床試験の生データの公開、医薬品の特許制度および処方箋薬制度の見直し、臨床現場での効果や害作用のデータの共有から本来の医療を取り戻すというものだ。
製薬企業によって薬と病気が同時に売り込まれていく戦略が具体的な薬剤の事例を通じて理解することができるとともに、改革の方向も示唆されている。
是非一読されることを期待します。

いわくら病院 梅田