臨床薬理研・懇話会1月例会報告(NEWS No.486 p02)

Ⅰ.シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第11回
「抗がん剤の臨床評価(3)」 乳がん治療剤エリブリン(ハラヴェン)

前2回の例会でレゴラフェニブ(スチバーガ)をとりあげ、ランセット誌に並べて掲載されているPFS(無増悪生存)をプライマリーエンドポイントとしてクロスオーバーを容認する消化管間質腫瘍(GIST)についての論文と、OS(全生存)をプライマリーエンドポイントとしてクロスオーバーを禁じる結腸直腸がんについての論文とを、対比させてみてきました。
ここで得られたことは、OS(全生存)でなく代替エンドポイントのPFS(無増悪生存)をプライマリーエンドポイントとするのは多くの問題があること、また症状悪化時に投与剤の変更を認めないのかという倫理的問題の指摘があるものの、クロスオーバーを容認すると有効性安全性の科学的評価はできないのではないかということでした。

今回は、手術不能又は再発乳がんを適応としたエリブリン(ハラヴェン)の臨床薬理論文を取り上げました(Cortes J. Lancet 2011; 377: 914 – 23)。
ハラヴェンはエーザイが開発した静脈内投与の新薬で、微小管の脱重合阻害によって細胞増殖を抑制する薬剤です。
日本では薬価収載にあたり最高の特別加算がつき、高く評価されました。
アントラサイクリン系抗悪性腫瘍剤およびタキサン系抗悪性腫瘍剤を含む化学療法を施行後の増悪もしくは再発例という、治癒は望めない厳しい症例を対象とする薬剤で、医師が選択した既存治療へのエリブリンの上乗せ効果が検討されました(EMBRACE試験)。

企業による臨床試験であり、デザイン上の大きな問題点として医師や患者が割り付けられた内容を知っているオープンラベル試験です。
解析はITT解析(当初割り付けられた患者集団での解析)で、プライマリーエンドポイントは全生存(OS)です。

エルブリンの用法は週1回静脈内投与で2週連続、3週目は休薬します。
これを1サイクルとして投与を繰り返します。
エルブリン2対医師選択治療(TPC)1に患者を割り付け、イベント(死亡)症例411症例、全症例では1000例目標に設計されました。
国際試験で19か国、135センター、762例が参加しました。
日本は含まれず、日本の承認に際しては80例のオープンラベルの国内成績(奏効率: 21.3%、無増悪生存期間中央値: 112日)を提出しています。

結果は全生存を3か月かろうじて有意に改善しました。
しかし生存曲線をみると約16か月の時点で交差しています(エルブリン: 中央値13.1か月、95%信頼区間11.8-14.3、TPC: 中央値10.6か月、95%信頼区間9.3-12.5、ハザード比: 0.81、95%信頼区間0.66-0.99、 p=0.041)。
最も普通に見られた害作用は、無力症ないし疲労 270/503(54%) 対98/247(40%)、好中球減少 260(52%) 対 73(30%)で、エルブリン中止を導いた主な害作用は末梢ニューロパチー 24/503(5%)でした。
なお、762症例中559症例(73%)はカベシタビン(ゼローダ)治療を受けていました。
エルブリン群の全生存期間の中央値は399日、無増悪生存期間の中央値は113日、奏効率は12.2%でした。
無増悪生存期間は両群に有意差がなく、ハザード比0.87(95%信頼区間0.71-1.05)、p=0.137でした。

著者たちは、この所見は重篤な再発性の乳がん患者では全生存の改善は無理という考えを変えさせる画期的なものとしています。

プレスクリール誌の総合評価は“Nothing New”で、不確かな利益、過剰な害作用としています。
約3か月全生存期間を延長させたが、ただ一つのオープンラベル比較試験によるもので、がんの進行には差がありませんでした。
実地臨床で、エルブリンの便益は不確かで、現在のデータでは害作用によって帳消しになり、エルブリンの使用を避け、症状に対する治療(緩和治療)に焦点を置く方がベターとしています。

例会でのディスカッションでは、ハラヴェンの効果がわずかで害作用が多いことについて、治療を望む患者に対しインフォームドコンセントの徹底が重要であるが、なされていないのでないか、薬価が1瓶6万5901円と高価なことなどが話し合われました。

薬剤師 寺岡