臨床薬理研・懇話会4月例会報告(NEWS No.489 p02)

Ⅰ.シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第14回
「抗がん剤の臨床評価(5)」オプジーボ(ニボルマブ)

今回取り上げたのはオプジーボ(ニボルマブ)です。当初希少疾患の悪性黒色腫の治療剤として承認され高い薬価がつきました。2015年12月、患者の多い非小細胞肺がんに適応が拡大、薬剤費がこの1剤で年間1兆7500億円にもなるとの推定が中医協に出され、日本の総薬剤費が約10兆円なので保険財政が破たんすると話題騒然の薬剤です。

「免疫チェックポイント阻害剤」という新たな機序の抗がん剤で、生体ががん細胞を攻撃する細胞障害性T細胞に、活性化が進み過ぎるのを防ぐブレーキ役として備わっている「免疫チェックポイント」分子を阻害し、T細胞ががん細胞を攻撃するのを助ける薬剤です。従来の抗がん剤に比して害作用が少ないとされますが、免疫機能の低下による自己免疫疾患や感染死などが懸念されています。このクラスの薬剤の開発は現在国際的に加熱していますが、オプジーボは国内開発(小野薬品工業)で、このクラスの薬剤として日本が世界で初承認の薬剤です。

国際的な医学誌に公表された主な臨床試験論文として、非小細胞肺がんの30%を占める「扁平上皮」非小細胞肺がん対象の文献(New Eng J Med 2015; 373: 123-135、文献1)と70%を占める「非扁平上皮」非小細胞肺がん対象の文献(New Eng J Med 2015; 373: 1627-1639、文献2)をとりあげました。

治療歴を有する病態進行期の患者に対し、オプジーボと標準薬剤ドセタキセルとをオープンラベルで比較した第Ⅲ相ランダム化臨床試験で、いずれの試験でもプライマリーエンドポイントの全生存期間(OS)でオプジーボは対照薬のドセタキセルに有意に勝る結果が得られています。

試験1では、OS中間値がオプジーボ9.2か月(95%信頼区間7.3-13.3)、ドセタキセル6.0か月(5.1-7.3)、死亡リスクはオプジーボが41%低い成績でした(ハザード比0.59、0.44-0.79、P<0.001)。反応率はオプジーボ20%、ドセタキセル9%(P=0.008)。グレード3-4の治療関連有害事象は、オプジーボ群では7%に報告され、ドセタキセル群では55%に報告されました。治療中断を導いた有害事象はオプジーボ3%、ドセタキセル10%で、オプジーボでは肺臓炎(pneumonitis, 間質性肺炎)が含まれています。

試験2では、OS中間値がオプジーボ12.2か月(95%信頼区間9.7-15.0)、ドセタキセル9.4か月(8.1-10.7)、死亡リスクはオプジーボが27%低い成績でした(ハザード比0.73、0.59-0.89、P=0.002)。反応率はオプジーボ19%、ドセタキセル12%(P=0.02)。グレード3-4の治療関連有害事象は、オプジーボ群では10%に報告され、ドセタキセル群では54%に報告されました。治療中断を導いたオプジーボの有害事象として肺臓炎(間質性肺炎)(1%)、治療関連死亡(1例)として脳炎があがっています。

オプジーボは、免疫チェックポイント阻害剤として、T細胞の活性化を補助的に制御する分子群CD28ファミリーに属する受容体であるPD-1に対するモノクローナル抗体です。がん細胞に発現し、PD-1に結合する
リガンド(特定の受容体に特異的に結合する物質)PD-L1とPD-1との結合を阻害することで抗腫瘍効果を期待して開発されています(PD-L1発現がバイオマーカー)。しかし、今回の臨床試験では投与前の肺の生検標本をバイオマーカー分析のため保存はするが、その結果で対象患者を限定することはされませんでした。結果は試験2では、 PD-L1発現と効果に関連が見られましたが、試験1ではPD-1発現と効果に関連がみられませんでした。

両論文ともオプジーボがどういう患者にベネフィットを示すかについてはさらなる研究が必要と記しています。しかし、PD-1発現にかかわらず非小細胞肺がん全体に効果があるとして強引に承認されたことが、今回の保険財政の破綻騒ぎの原因となっており、厚生労働省の責任が問われます。

他にも目につく問題点として、試験2の生存曲線(カプランマイアー曲線)が途中で交差していることがあります。交差は問題を予感させます。このシリーズの9-10回で抗がん剤スチバーガを例に、途中で両群のクロスオーバーがされれば安全性・有効性の評価が著しく困難となることをみてきました。今回の論文にはクロスオーバーに関連する記載はなく、また試験解析対象集団についての記載(ITT、PPSなど)もありません。日本の承認審査公開資料を検討された小林真理子さんからは、オプジーボの第Ⅱ相試験では薬が効いたか効かなかったかの反応率で評価がされたが、2項分布の確率計算に基づく正確法の計算では目標閾値に達せず効果がみられなかったこと(添付文書にも記載がある)、その後の臨床試験では目標閾値を下げたり、設定をやめたりしていることが指摘されました。

ディスカッションでは、打ち切りのある生存曲線の見方について質疑がありました。

オプジーボの臨床評価については、重要な薬剤だけにさらに続編が必要と思われますが、今回の例会にも出席されていた浜六郎さんが、薬のチェックTIP誌2016年7月号掲載を目標に、作用機序と安全性(毒性)の関連を含め更なる検討をされますので期待したいと思います。

薬剤師 寺岡