「季節性・軽症インフルエンザへの抗インフルエンザ薬は推奨しない」との日児見解の考察

『大阪小児科学会雑誌』2016年第33巻/第2号12〜13ページに「誌上投稿」として、下記文章が掲載されましたので紹介します。

「季節性・軽症インフルエンザへの抗インフルエンザ薬は推奨しない」との日児見解の考察

はやし小児科 林 敬次

2014年12月22日の、日本小児科学会五十嵐隆会長と予防接種・感染症対策委員会からの「抗インフルエンザ薬使用方法に関する、私ども大阪小児科学会会員5人、他5人の要望者に対する回答書」1)は、エビデンスに基づいた画期的な内容を含んでいる。しかし、この回答書で示された日本小児科学会の抗インフルエンザ薬に関する見解は、大阪小児科学会会員には周知されていないと思われるので、内容について考察した。

回答内容の中心的部分は、インフルエンザに対する抗インフルエンザ薬使用に関して、極めてエビデンスレベルの高いシステマティックレビュー(コクランレビュー)2) の結果に基づく見解として、以下のように記載している点である。

抗インフルエンザ薬の「効果は有熱期間の短縮のみであり、肺炎などの合併症予防効果や入院予防効果は明らかにされませんでした。逆に嘔吐などの副作用が増加することも示されています。すなわち季節性インフルエンザ患者、軽症患者全例を対象とした、抗インフルエンザ薬の積極的推奨は当学会としても支持されないと考えます。」と明言している。このことは、エビデンスに基づけば、日常診療での抗インフルエンザ薬の使用は、ほとんど必要ないことを示したものである。また、この明言は、抗インフルエンザ薬以外の分野でも日本小児科学会がエビデンスに基づく小児科学を推進してゆくとの決意の表れととれるものであり、大変期待される。

また、「回答」では、ラニナミビルはオセルタミビル耐性株への対応、ペラミビルは重症例への治療を想定しており、この指摘は、結果的に両剤の乱用に歯止めがかかるものと考えられた。

以上は、極めて画期的な内容かと考えられ、会員の皆さんにぜひ知っていただき、診療に役立てていただきたいと考える。

また、「回答」では、日児の「インフルエンザ治療指針(2013/2014)は、同シーズンに流行したA(H1N1)pdm09による重症肺炎症例の発生と、オセルタミビル耐性株が一部地域において発生したことをうけ、重症例が多発することの危惧から治療指針の掲載に至った経緯があります。軽症例を中心とした季節性インフルエンザに対する治療指針ではない」としている。同指針が、軽症例を中心とした季節性インフルエンザに対するものと誤解されている可能性もあり、今回の回答でより明確になった点かと考えられる。その上で、「抗インフルエンザ薬の治療効果に関する学会の見解」として、上記の内容を記していることも強調したい。以上は、エビデンスに基づいた見解かと思われた。

他方で、上記の学会の見解以外に、コクランレビューに含まれなかった、文献3)より、A(H1N1)pdm09による、「入院例を対象とした観察研究で成人における致命率の低下、治療遅延による致命率の上昇が認められています。」また、他の文献4)より「24時間以内に治療を開始された幼児では、解熱短縮期間が3.5日にも上る」、の報告があるとの紹介もしている。
しかし、私たちの再レビューではこれらの研究はいずれもタミフル製造販売元ロシュ社の資金で実施されたものであり、研究方法そのものに大きな問題があるので、コクランレビューにはincludeされなかったエビデンスレベルの低いものであった。まず、第一の文献3)は「観察研究」のため多くの交絡因子が入る研究であり、しかも大人では効果を示せているが、子どもでは効果を証明できていないものである。第二の文献4)では、発熱期間の短縮は「3.5日」ではなく、1日程度だった。など、日児の回答書には間違いが見られた。

さらに2014年8月1日、米国でラニナミビル(商品名、イナビル)の臨床治験をしていた「biota」社が、その効果を証明できないため、臨床試験を中断する由の、プレスリリース5)を行なっていた。これにより、ラニナミビルは、世界的には効果が認められなくなっている。日本では最も使用されている抗ウイルス薬だけに、今後の検討が必要と思われた。

そのことを含めての私たちの2回目の要請に対して、2015年7月26日付の回答をいただいた。主な内容は「一部の患者では重症化を防いでいるものと考えられます。当学会ではリスクベネフィットを総合的に加味し、重症例に対しては抗インフルエンザ薬の投与を推奨する立場をとっています。」「Heinonennらの論文からの引用を解熱短縮期間と記載したのは病気の回復までの短縮期間の誤り」などであった。

以上より、日本小児科学会が示した、抗インフルエンザ薬の慎重な使用が期待される。
なお、このテーマは地域医療委員会でも課題に取り上げられ、議論を継続しているところである。

文献

1)公益社団法人日本小児科学会 会長 五十嵐隆、予防接種・感染症対策委員会 担当理事 細矢光亮、有賀正、森雅亮、委員長 岡田賢司。はやし小児科 林先生
抗インフルエンザ薬使用方法に関する要望書に対する回答書、平成26年12月22日、
2)Tom Jefferson et al. Neuraminidase inhibitors for preventing and treating influenza in adults and children. The Cochrane Library 2014, Issue 4
3)Muthuri SG et al. Lancet Resir Med 2014:2;395-404
4)Heinonen S et al. CID 2010:51;887-894
5)biota. Biota Reports Top-Line Data From Its Phase2 “IGLOO” Trial of Laninamivir Octanoate. August 1, 2014