くすりのコラム 貧困と医療(NEWS No.492 p08)

野宿生活が原因と思われる疥癬感染患者さんに「イベルメクチン」の処方がでました。野宿生活者の多いその地域では夏の暑い日や冬の寒い日に路上で亡くなる人もいます。担架で布に覆われた遺体が運ばれているところに出くわし、真っ黒に汚れた裸足の足が見えました。「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」という憲法がある日本の現実を初めて知りました。イベルメクチンは大村智氏のノーベル医学・生理学賞受賞理由となった駆虫薬です。イベルメクチンは失明に至るアフリカの風土病に劇的な効果をもたらしました。世界で年間3億以上の人たちが失明の危機から救われています。イベルメクチンは日本で腸管糞線虫や疥癬に保険適応があります。疥癬は、ヒゼンダニが皮膚に寄生して起こる皮膚感染症で激しい痒みを生じます。現在、高齢者施設などで集団発生することが多く、野宿生活者にも感染がみられます。通常の疥癬患者と皮膚の直接接触を避ければ感染の心配はありません。しかし、角化型疥癬患者では短期間個室管理とし、処置をする場合は感染予防に努める必要があります。

以前、勤めていた薬局で患者さんから「トラコーマってご存知?」と聞かれたことがあります。トラコーマは、クラミジア・トラコマティスという病原体が原因で起きる眼の感染症です。伝染性の急性、慢性の結膜炎を引き起こし適切な治療を受けなければ失明に至ります。2016年7月WHOファクトシートによると次のようにあります。トラコーマは、アフリカ、アジア、中南米、オーストラリア、中東の42か国の最貧困層や農村部に高く常在しています。トラコーマは、約190万人の視覚障害や失明の原因となっています。これは、世界の失明者の1.4%に当たります。

トラコーマについて聞いてきた患者さんはその地域が抱えてきた医療問題、差別の歴史について皆に知ってほしいと話してくれました。その地域では上下水道などのインフラの敷設が他の地域に比べかなり遅れ公衆衛生上の問題が長く存在してきました。差別が生む貧困や衛生行政の不実施が病気を生み、病気に対する無知が差別を助長してきました。あるとき、強面の患者さんが薬局の前で転倒し血と泥で汚れた足を洗ってあげました。その人は涙を流してお礼を言うので「痛いの?」と尋ねたところ、「汚い人間として扱われてきたので、こんなことをしてもらったことがない。嬉しくて泣いているのだ。」と言われました。いま同じことを野宿生活者にできるのかと自身に問いかけたとき、できるとは言えません。私は感謝されるような人間ではないのです。貧困ビジネスとして過剰診療・過剰投薬に莫大な公費が医療費として使われる一方で、社会のセーフティーネットから外れてしまった人たちには整った衛生環境すら与えられていません。支配者は民衆の連帯を断ち切り対立を煽ることで民衆を支配してきました。差別の元凶である分割支配構造は今も何も変わっていないのです。

薬剤師 小林