臨床薬理研・懇話会11月例会報告(NEWS No.496 p02)

シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第19回
エボラ治療候補薬剤ZMappのランダム化比較臨床試験論文

2014-16年に、エボラ熱はアフリカで11,000人を超える死者を出しました。しかし発展途上国の「無視された疾病」のため治療薬の開発は遅れており、動物実験成績だけでヒトに使用前例のある医薬品がありませんでした。世界保健機関(WHO)が緊急の会議を招集、実験室で効果が期待される成績が得られている治療候補薬剤を患者の治療に用いることは倫理的に容認されると結論しました。

しかし、患者が次々と死亡し医療環境も厳しい中で、対照群を置いたランダム化比較臨床試験(RCT)の是非をめぐり、欧州WHOチームと米国NIH(国立衛生研究所)チームとで意見が分かれました。死亡の割合が高い中でRCTは無理という考え方と、対照群がなければ有効性も安全性もわからないという考え方です。医学誌などでも活発な論争があり、後者には科学的妥当性のほかに限られた治験薬を公平に分配する観点からの支持もありましたが、少数派ともみられる状況でした。

2016年10月13日号のニューイングランド医学雑誌(NEJM) に、唯一行われたRCTである治験薬ZMapp(ジーマップ)の9ページの論文がオープンアクセスで掲載されました。今回はこのホットな論文をとりあげました(Multi-national PREVAIL Ⅱ writing group. A randomized, controlled trial of ZMapp for Ebola virus infection. NEJM 2016; 375: 1448-56)。なお、ZMapp はタバコの近縁種であるNicotiana benthamianaの葉の遺伝子へ組み込んで作られる、3種類のヒト化モノクローナル抗体を混合した抗エボラウイルス薬です。RCTはアフリカ各国政府の協力のもとに行われました。

2015年3月、西アフリカのエボラ患者を対象に、現在の標準治療に加えてZMappを投与する群と、標準治療群単独とを比較するRCTが開始されました。標準治療の必要最低条件は、ヘモダイナミックモニタリング、静注輸液の供給、臨床検査の実施です。ZMappは3日ごとに計3回の点滴静注です。試験デザインはアダプティブ(融通性をもたせた)RCTデザインで、遮蔽については努力したものの徹底はできていなく厳密なものでないとしています。主要エンドポイントは投与開始28日後の死亡割合です。被験者は、2群の死亡割合について50%の相対的な差を80%の検出力でみるために、各群100例を目標としました。標準治療群の28日後の死亡割合は40%と推定しました。ZMapp群の有効性が言える閾値としては、タイプ1のエラーを片側2.5%として、 97.5%と設定しました。

試験結果は、試験の途中でエボラが終焉に向かったので、症例はZMapp群36例、標準治療群35例しか集められませんでした。28日後の死亡は全体で30%、ZMapp群は22%、標準治療群は37%でした。これはZMappが100人を治療して15人の命が救えることに相当する数字ですが、例数が少ないことも影響して事前に設定した97.5%の有効性が言える閾値には及びませんでした。なお、標準治療群の死亡が37%であったことは、輸液など基礎治療の大切さを示しています。

著者たちは、RCTがエボラ患者でのZMappの安全性と有効性を確立する手段として最も当を得た信頼のおける手段と信じて、今回の臨床試験を行ったことを述べています。今回のPREVAIL Ⅱ試験の最大の強みはランダム化デザインにあるが、弱点としては二重遮蔽でないオープンラベルを含むとともに、予期したよりエボラエピデミックの終焉が早く、十分な症例が集められなかったことがあるとしています。しかしこの公衆衛生緊急事態のなかでもランダム化試験を実施できることを示した公衆衛生的な意義は大きいと述べています。

大規模なRCTについては昨今いろいろな批判も出されていますが、小規模な試験の中でも対照群を置く努力は必要と考えています。 著者たちは Clin Trial 2016; 13: 92-5に発表した関連論説(オープンアクセス)のなかで、透明性 (情報公開) は公衆衛生危機のなかでの臨床試験設定を導く基本原則 (core principle)とも述べています。

極めて困難な公衆衛生危機のなかでRCTを行い、代表的な医学誌に詳細な論文として発表したことの価値は大きいと考えます。

薬剤師 寺岡