「EBMより病態生理を」??
東海大学循環器内科教授の後藤信哉氏は、Medical Tribune 2017月1月5日で「EBM神話の終焉とPrecision medicineの裏側」と題して、「EBMのコンセプトが行き詰まりつつあること」を指摘しています。この議論の結論は、「僕は、若い医師にRCT論文やGLを読むことを勧めない。『それより教科書で病態生理を学びなさい』と言う。」と、EBM以前に逆戻りすることを勧めています。これでは、製薬や検査企業の思うつぼです。
ひと昔前の日本とは違い、今や、EBMが若い医師や薬剤師、看護師、理学療法士などの医療スタッフや市民にも受け入れられつつあります。本当のEBMを守り発展する時代なのです。
非科学的薬剤評価に迎合した臨床家
かつて、日本では薬を、「使った」、「治った」、「効いた」、の「三た」論文が闊歩していました。しかし、「治った」のほとんどが自然治癒によるものです。これに対し、高橋晄正氏などが「二重目隠し」RCTでなければ科学的に治療の効果を証明できないことを明確に打ち出し、1969年に厚労省も認めました。しかし、その後の薬剤評価は、効果と副作用をごまかすために「全般改善度」や「安全度」という医師の主観的判定方法を使ってきました。実に30年以上にわたりこの評価法により効果のない薬が乱造・乱用されることを許したのが日本の臨床医学界でもありました。
昔の医学部では病態生理などには多くの時間がとられ、治療の評価方法など医学の基礎となる臨床疫学について学べませんでした。そのため、まるきり効果が無い「喘息に対する経口抗アレルギー剤」や「抗痴呆薬」(抗認知症薬)が当時でも年間1-2千億円、その他の薬も効果がなかったものを平気で使っていたのです。
幸い私たちは、高橋先生の漢方薬批判からヒントを受け、『全般改善度』批判を発表しました。ちょうど世界の製薬企業のグローバル化の時期と重なり、この日本独自の薬剤評価法は廃止されました。しかし、現在市販されている多くの薬剤がこの非科学的評価方法で認可されたものです。
最近の若い医者などはEBMの基礎データであるRCTやコクランライブラリーに簡単にアクセスでき、EBMを実践できる可能性が広がっています。古い効かない薬を使うことは少なくなってゆく可能性があります。
EBMに敵対する製薬企業との闘い
他方で、EBMが行き詰まりつつあることもある意味で確かです。EBMをゆがめる製薬企業のやり口が、ベン・ゴールドエイカー「悪の製薬」に多数書かれています。都合の悪いデータは公表しない、降圧剤ディオバンで有名になったデータの改ざんなど、さまざまな方法が使われています。
それらに対して、コクランや製薬企業と独立した薬剤評価団体(日本では浜六郎氏らのJIP)など多数の良心的科学者とその支持者が闘っています。私たちも微力ですが、多くの薬剤問題と取り組み、その中で行ったタミフルに関するコクランへのコメントは、前述の「悪の製薬」で「あるコメントがきっかけとなり、エビデンスに基づく医療はいかに機能すべきか、に対する私たちの理解に革命が起こった。」と評価されています。
このような闘いを放棄し、病態生理学の学習に閉じこもるなら、利益追求の製薬・医療機器企業にとって大歓迎、逆に患者にとって大迷惑です。若い医師には、EBMをしっかり学んでもらい、それに基礎を置きながら、病態生理から社会的背景まで検討し、最善の診療をしてほしいものです。
はやし小児科 林敬次