臨床薬理研/懇話会4月例会報告「がんの真実」について(NEWS No.501 p04)

今回は、がんについて理解するための最も「核」となる部分を話させていただきました。最も重要なことは、「がんは酸素がある状況でも、解糖系やアミノ酸発酵でエネルギーを得ている」ということです。

これは1955年に生理学者オットー・ワールブルグが発見した現象(Science, 1956:  123; 309-314)で、俗に「ワールブルグ効果」と呼ばれており、がん生物学の研究者であれば、誰もが知っている(知っていなければならない)話です。
実は、このことが唯一すべてのがんに共通する特徴であり、その原因は「ミトコンドリアの構造・機能異常」です。決して「遺伝子変異」ががん化の原因ではありません。そのことを如実に示す重要な実験について少しお話ししましょう。
ハリー・ルビンというカリフォルニア大学バークレー校の分子細胞生物学研究者が、2006年に、何百という遺伝子変異を蓄積した細胞が、正常な組織中では正常な細胞として機能しているのに、その細胞を組織から分離してペトリ皿などの2D culture条件で培養すると、勝手に増殖し始め、明らかに正常な細胞とは異なる動態を示すことを明らかにしました(BioEssays 2006; 28: 515-24)。

この実験の重要なポイントは、細胞レベルでの遺伝子変異はがんの発生にとって必要条件でも十分条件でもなく、その細胞周囲の微小環境こそががん化にとって重要な条件となることが示されたことです。

ルビン以外にも、ミナ・ビッセルやアン・ソゥトー、カルロス・ソネンシャインといったアメリカの研究者たちが、がん化には細胞周囲の微小環境(microenvironment)や場(field)が重要な働きをしているということを実験的に報告しており、がん発生のメカニズムに関する新知見として、科学的なエビデンスが蓄積されてきています。

「細胞が置かれている環境や場が異常になってがんが発生する」という理論を、「組織(形態)形成性場の理論」(”Tissue organization field theory”: TOFT)と言い、この理論によれば、遺伝子変異説では説明できないがん化のメカニズムに関する矛盾がいとも簡単に説明できてしまいます。

この「組織(形態)形成場(Tissue organization field)」は実はエネルギーによって規定されているのです。「場」のエネルギーの流れ(=energy flow, energy homeostasis)が乱され、組織の形態が保てなくなると、細胞レベルで代謝が変化します。私たちの細胞はミトコンドリアの好気的リン酸化でATPの形でエネルギーを得ていますから、ミトコンドリアの構造異常・機能異常が起こると、細胞は好気的な呼吸ができなくなり、「場」のenergy flowが異常になります。これが細胞周囲の微小環境を変化させ、さらには細胞レベルの代謝経路までをも変えてしまうことにつながります。徐々に酸素があるにもかかわらず、解糖系に舵を切ることでエネルギーを得られるようになった細胞がどんどん遺伝子変異を起こし、がん細胞になっていくのです。

近年のがん研究の傾向として、特に”Nature”、”Cell”、”Science”の3大科学雑誌に載るような論文は大半が「がんの代謝」に関する話になってきていますし、「DNA二重螺旋構造」を発見したワトソン博士ですら「生化学を勉強し直さなければならない」と言うほど、今や「遺伝子決定論」は昔のパラダイムになりつつあります。がんにまつわるパラダイムシフト(遺伝子理論から代謝理論へ)は研究レベルでは世界規模で起こってきていることがわかります。

しかしながら、現代医療におけるがんの標準治療は、その治療原則が全て間違ったパラダイム理論(「がん=遺伝子の病気」というネオ・ダーウィニズムに基づく理論)の下で構成されているものです。

次回定例会では、この遺伝子変異(ゲノム不安定性)がいかにミトコンドリア障害と関係しているか、ということを詳しく説明していけたらと思います。

乞うご期待!!

大阪大学大学院医学研究科 博士課程3年 松本 有史