臨床薬理研・懇話会6月例会報告(NEWS No.503 p02)

臨床薬理研・懇話会6月例会報告
シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第26回
RCTデータの外的妥当性 IMPROVE-IT Trial

ランダム化比較臨床試験 (RCT) で得られたエビデンスが実地診療の患者にあてはめられるかの外的妥当性の問題は、これまでもしばしば問題にされてきました。RCT対象のセレクトされた患者集団がリアルワールドの患者集団と実際にどれくらい違うのか、またその持つ意味は? 今回とりあげる文献は、患者レジストリーのリアルワールドデータを用い検討した近着の報告(JAMA Int Med 2017; 177(6): 887-9)および同時掲載された Editor’s Note (p889) です。

この検討の題材となったのは急性冠動脈症候群(ACS)患者において、コレステロール低下剤simvastatinに作用機序の異なる ezetimibeを上乗せした効果を検討した IMPROVE-IT Trial (NEJM 2015; 372: 2387-97 ) です。プライマリーエンドポイントは心血管死、非致死性心筋梗塞、再入院が必要な不安定狭心症、冠動脈血行再建 (ランダム化後30日以降)、非致死性脳卒中の複合です。結果は複合エンドポイントのカプランマイアー event rate (7年間)が、単独群34.7%対併用群32.7% (絶対リスク差2.0%;ハザード比0.936; 95%信頼区間 0.89-0.99; p=0.016) で上乗せ効果がみられたとしています。JAMA Int Med誌の著者たちは、臨床試験 (CT) はエビデンスに基づく循環器系診療の基礎となる、しかしそれはCTが現在の診療での切実な疑問に取り組む際にのみ、その価値が最大化するため、IMPROVE-IT Trial成績が臨床ケアにどの程度インパクトを持つかについて検討しています。

1) IMPROVE-IT Trial に合った最近のACS患者の割合と、2) 臨床試験参加者と比較してのそれらの患者の特性はどのようであったかを決定するために、米国心臓学会 (ACC) practice innovation and clinical excellence (PINNACLE)の外来心臓病学診療レジストリーのデータが用いられました。

2013年1月~2014年9月の間に、182診療において28454人のACSを有したレジストリー患者が同定されました。これらの内、10228人(35.9%)がIMPROVE-IT基準に、あまり大きくない診療変動で合致しました。IMPROVE-IT患者と比較して、レジストリー患者は有意に年齢が高く、ほとんどが女性で、著しく高い割合の末梢性動脈疾患、心不全、高血圧を有し、適した2次予防薬物治療を受けていませんでした。

このように、RCTでみられた simvastatin/ ezetimibe の効果がACSを有する現在の実地診療患者で期待できるかは疑問でした。著者たちは、実地臨床の世界では医師は治療決定にあたり、年齢がより高く、病状が重く (multimorbidity)、服用薬剤が多い (polypharmacy)ことにより配慮しなければならない。臨床試験の参加者リクルートに際しても、リアルワールド患者の特性にもっと緊密につながった臨床試験への戦略が必要であると指摘しています。

Editor’s noteは、著者たちはRCTの研究母集団に対してリアルワールド母集団を比較する重要性にハイライトをあてた。この問題はIMPROVE-IT trialのみのものではない。この研究はRCTの所見を補うデータレジストリーの必要性にハイライトをあてていると述べています。

当日のディスカッションでは、IMPROVE-IT trialの成績について、話題提供者はRCTの被験者とリアルワールドの患者の違いに強い関心があったため、著者たちの指摘している上記に加え、ハザード比の95%信頼区間が 0.89-0.99と上限が1に近いことなどにふれたのですが、そもそもNEJM誌(2015)の原論文を読むと、総死亡 (death from any cause, 3次エンドポイント)が単独群1231/9077 (15.3%)、併用群1215 /9067 (15.4%) (ハザード比0.99, 95%信頼区間 0.91-1.07, p=0.78)と差がないことが注目され、コレステロール低下剤の存在意義自体に疑問がある。いつ服用を止めてもいい薬剤でないかとの指摘がありました。

薬剤師 寺岡