臨床薬理研・懇話会5月例会 がんの真実2(NEWS No.504 p03)

5月例会「がんの真実2」

今回の定例会では、「ミトコンドリアの代謝異常がどのようにがん細胞における遺伝子異常(ゲノム不安定性)を引き起こすのか」ということをメインテーマとして話させていただきました。

その中で非常に大切になってくるキーワードがあります。それは、”エピジェネティクス”と”レトログレードレスポンス(Retrograde response=RTG)”です。
実はミトコンドリアで作られるエネルギー(ATP)は、細胞核内の遺伝子発現が安定して行われることを担保しています。そして驚くべきことに、実はミトコンドリアは「レトログレードレスポンス」と呼ばれるミトコンドリアから核への情報伝達システムを用いて、核内遺伝子発現をエピジェネティックに制御しているマスターレギュレーターであることがわかっています (Annu Rev Genet.2006; 40: 159-85, Mol Cell. 2004: 14: 1-15, Cell Pres. 31: 7; 353-356, Mutat Res. 2001: 3; 488: 9-23)。
“エピジェネティクス”についてはここでは詳しく書きませんが、重要なことは、「遺伝子発現は環境(『場』)によって変化する」ということです。

この『場(field)』の概念というものも前回の定例会に引き続いて話させていただきましたが、この概念は非常に大事で、あらゆる生命現象はこの『場』が存在しないと起こりえません。
そして、この『場』というものは、実はエネルギーの流れ(Energy flow)によって保たれています。つまり、正常な『場』においては、エネルギーが滞ることなくミトコンドリアで作られ、細胞に消費されるという循環ができています。ところが、慢性炎症などの存在下で、ミトコンドリアのエネルギー代謝(ATP産生)が滞ってしまうと、正常な『場』が異常な炎症の『場』へと変化してしまいます。
このEnergy flowが狂ったことによる『場』の異常が「がんの『場』」となった時にエネルギー代謝が発酵に傾き、がん細胞が生じてくるという理論を、「場の理論(field theory)」と言います(Bioassays. 2011; 33: 332-40.)。
つまり、「がん」というものは遺伝子異常の結果、細胞レベルで起こってくるものではなく、その細胞が置かれている環境、すなわち『場』が異常になることによって、組織レベルで起こってくるものである、ということです。
このことからも、がんに置いて細胞レベルでみられる遺伝子異常というものは、「結果」であって決して「原因」ではないということは明らかです。

それではなぜこのような「原因」と「結果」を入れ違えるようなことが起こっているのか??「パラダイム・シフト」がなぜ起こらないのか??という疑問が湧いてくる方もおられるでしょう。このことについて少し触れておきたいと思います。

医問研のメンバーの皆さんには常識かもしれませんが、実はA→Bという観察は、単にAとBが同じ条件で起こること(=相関関係)を因果関係(A→B)と間違えているということが現代医学においても、頻繁に起こっています(がんの「遺伝子変異原因説」、うつ病の「モノアミン仮説」、動脈硬化の「コレステロール仮説」などは典型例)。
そしてこれが重要なことですが、特にがんのような慢性病は権力者(多国籍企業など多数の利害が絡む。医療の場合はビッグ・ファーマ)の作ったマッチポンプにすぎません。悲しいかな、医学も含めたサイエンスのスポンサーはすべて権力者側に立っています。ですから、スポンサーが自分たちに都合のよい「パラダイム」を作って、その箱の中に専門家とよばれる“大衆洗脳係”を置いているのが現状です。専門家とよばれる人々がこの構造に気づいて本当のことをやりだすと、その人は職(食)を失ってしまいます(しかし、大抵は専門家自体がそのパラダイムを信じているのでこの共同幻想システムは継続していきます)。
この「サイエンスという名の幻想」について詳しく知りたい方は、「Sapience(邦題:サピエンス全史)」という本を読んでください。

長くなりましたが、私たちが核心をつく‘vital question’をすると、パラダイムにしがみついている人々、そしてさらには学問(=パラダイム)そのものの存在理由がなくなってしまいます。
このことがあらゆることの根本原因にアプローチしない最大の理由だと私は思います(サイエンスの世界だけではありません)。

次回の「がんの真実」コーナーは、「転移の真実」と「がんの変異と進化論」についてお話ししたいと思います。
乞うご期待!!

大阪大学大学院医学研究科 博士課程3年 松本有史