臨床薬理研・懇話会8月例会報告(NEWS No.505 p02)

臨床薬理研・懇話会8月例会報告
シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第28回
臨床試験に替えて安易な情報収集に使われる「コンパッショネート使用」

7月例会では、Real World Data(RWD)の新薬承認への活用が論議されるなかで、FDAがランダム化比較試験(RCT)なしに、RWDをもとに承認したと報道されたuridine triacetate をとりあげました。この薬剤は緊急解毒剤で、既存の解毒剤が存在せず、これまでは生存率が16%程度に過ぎなかったのに、94%の生存率を示し効果の違いがはっきりしているので、その点では納得できました。ただし、この試験が clinical studies と銘打ちながら、通常の臨床試験(CT)でなく「コンパッショネート使用(CU)プログラム」の1つである米国のexpanded access program (EAP)で行われていることが問題となりました。

CUとは本来CTに参加できない命を脅やかされている患者に未承認薬アクセスを倫理的観点から可能とする例外的制度で、その規制はCTよりも緩やかです。しかしCTを用いるべきところにCUを用いた例は非常に多く、両者の違いをあいまいにし、CTで有効性・安全性を確認して販売承認を認める薬事制度を切り崩す危険もあります。
今回は、そうした問題点を認識するうえで適切な、最近BMC Medicine 2017;  15: 136にオープンアクセスで掲載されたワルシャワ大学Borysowski Jらの「CUにおける倫理レビュー」の論考を取り上げました。

CUが「CTの外側での未承認薬の使用」であることは、米国FDA、欧州EMAの規制庁のウェブサイトには明記されています。しかし米国ではCU/EAPがCTの大枠の中で扱われ、欧州(EU)では加盟各国にCUの運営をまかせたなどで、実際には徹底せずあいまいになっています。各国のCU規制には大きなばらつきがあり、とりわけCUに研究倫理委員会/研究審査委員会の審査を求めているのは若干の国のみ(例えば米国、スペイン、イタリー)で、他の国では求められていません(例えばカナダ、英国、フランス、ドイツ)。

CUには治療と研究の様相 (aspects)のユニークな組み合わせがありますが、倫理委員会のレビューを不要とする主な根拠は、CUは治療の一種で生物医学的な研究でないとします。これに対し著者たちは倫理委員会レビューが必須と主張します。その理由は、1) CTではないが、いくつかの研究の様相を含む、2) 有効性安全性の証明されていない未承認薬を用いる、3) 未承認薬使用を願う患者には脆弱性 (vulnerability)があり、インフォームドコンセントをきちんと行うのは難しい、4) 未承認薬使用を願う患者は重篤な医学コンディションにあり、医師にはその資格(qualification)の倫理審査が必要、5) 病院管理者の評価も必要、5) 公正な患者選択が必要などです。

このように著者たちは、CUにも患者を守る倫理審査が必要であることを強く主張します。個人の患者の治療でCUが研究様相を含まない場合も、未承認薬の使用が含まれているので、倫理審査の必要性は変わらないとします。インフォームドコンセント審査の必要性では、患者の脆弱性に2つのシチュエーションがあり、1つは治療する医師が同時に研究者である場合で、患者の治療よりも研究が優先される利益相反で、いま1つは企業の商業的な関心に伴う患者の利己的利用があげられています。なお、CUの倫理レビューには今後CUを専門とする倫理審査委員会が必要かもしれないと書かれています。

著者たちはまた、CUは未承認薬の安全性有効性のデータ資料として重要な欠陥があり、実際の集められたデータの価値は限られていると指摘しています。ところがCUプログラムはCU Studyなどとして安全性だけでなく有効性の評価にも用いられています。近年、CUプログラムは「リアルワールド」セッティングにおける未承認薬の有効性安全性データを得るために、数百、場合によっては数千の患者集団を含む大きな規模の試験を行っています。著者たちはCUはもともと未承認薬への患者アクセスを例外的に可能とする仕組みであることから、患者の受け入れ基準・除外基準がRCTと比較して緩やかなため可能になっていることを指摘しています。

薬剤師 寺岡