臨床薬理研・懇話会 がんの真実 シリーズ第3回(NEWS No.505 p03)

今回の定例会では、大きく2つのテーマについて、すなわち“転移の真実”と“がんの進化生物学的考察”についてお話しさせていただきました。
がんの“転移”に関しては、がん転移のこれまでのパラダイムであった「EMT仮説」と、「がん幹細胞仮説」の双方が矛盾に満ちた仮説であり、これらの仮説の下では、がんの転移のメカニズムをうまく説明することができない理論的に破綻したものであることを説明いたしました。
そして、新たな転移のメカニズムをうまく説明できる仮説として、がん細胞とマクロファージ(myeloid cells)が融合(fusion)してできたHybidな細胞(Cybrid)が転移を起こすとする「がん細胞~マクロファージ融合仮説」を紹介しました。
これまでの矛盾だらけのパラダイムしか知らない私たちにとって、この仮説は突拍子もない仮説のように聞こえるかもしれませんが、生体内条件下で細胞どうしが融合することなどはるか昔から知られていました。
また、ここ10〜20年くらいのがんの基礎研究においても、がん細胞がマクロファージ以外にも、血管内皮細胞や肝細胞、筋細胞など様々な細胞と融合し、transformationを行うことが明らかになってきています。
しかし、がんの研究者のみならず、臨床の現場で実際にがん治療を行っている医師たちも、なかなかこのような基礎研究から明らかになっている事実を認めようとはしません。
もし彼らが古い矛盾だらけのパラダイムにしがみついて、それを根拠に自分たちの行いを正当化しようとしているとすれば、それは自己欺瞞でしかないと断罪せざるを得ません。
そして、2つ目の“がんの進化生物学的考察”についてのテーマについては、まずドブジャンスキー博士が述べた “Nothing in Biology Makes Sense Except in the Light of Evolution(進化学的視点がなければ生物学のすべては意味をもたない)” という言葉を忘れるわけにはいきません。
ここでは進化論争についても説明しましたが、生化学的・分子生物学的手法により、epigeneticsのメカニズムが基礎研究により解明されつつあり、徐々に「獲得形質は遺伝する」ということが明らかになってきました。
すなわち、これまでの進化学体系の中でメジャーな進化論者たちが根拠としてきた“ダーウィンの進化論”の中で述べられてきた「獲得形質は遺伝しない」ということが誤りであったことがわかってきたのです。
これは実は“がんの進化”にも当てはまることです。
これまではがんは遺伝子決定論=ダーウィニズムのもとで、遺伝子の変異が原因で起こると考えられてきたので、そのがん細胞のphenotypeは遺伝子変異によってもたらされると考えられてきました。
つまり、がんが悪性化して得られる増殖・転移能や薬剤耐性能や免疫回避能は全て遺伝子変異によって得られると考えられてきたわけです。
しかしながら、この「がんの真実シリーズ」で何度もお話してきたように、ミトコンドリアの代謝異常こそががんの原因であり、その結果としてゲノム不安定性がもたらされ、遺伝子発現がepigeneticに変化したり、あるいは実際に遺伝子が変異を起こしたりするというストーリーは、“ダーウィンの進化論”では全く説明できません。むしろ、がん細胞で起こる“エピジェネティック”な変化や細胞融合による遺伝情報の水平伝播とその獲得形質の遺伝は、ラマルクの進化論でうまく説明できるのです。

今回で“がんの真実シリーズ”は終了です。3回にわたり、いかに現在のがんに関するパラダイムが誤ったものであるか、をみてきました。さらに詳細に知りたい方は、ぜひボストン大学生化学教授Thomas Seyfried博士の著作“Cancer As a Metabolic Disease”をお読みください。

大阪大学大学院 博士課程3年 松本有史