いちどくを この本『不健康は悪なのかー健康をモラル化する世界』(NEWS No.506 p07)

『不健康は悪なのかー健康をモラル化する世界』
ジョナサン・M・メツル/アンナ・カークランド 編
みすず書房 5000円+税
2015年4月発行

誰も「健康」には反発したり疑義を唱えたりできない。だからこそ「健康」を唱えれば先入観をおしつけることができる。本書は健康に関する「物語」を疑えと警告する。

製薬業界の広報活動戦略や強迫性障害(OCD)の歴史をみていくと、健康マーケティングは「治療を売るために病気を喧伝する」やり方だということが見わかる。例えば、アデロール<註1>を売るためにADHD(注意欠如多動性障害)を喧伝する。病気を広く認知してもらうために、その病気の患者の権利擁護団体を利用して権威づけを行う。偽装学術誌(PR誌)をつくる。ドラマ「ER緊急治療室」でアルツハイマー病患者役を配役し、番組で治療薬を取り上げてもらう。OCDは30年前までは罹患率0.05%~0.005%と概算されていたが、DSM-5<註2>によるOCDスペクトラムの定義では生起率が10人に1人と見積もられる。新たな定義づけによって疾患概念が拡大され、統合失調症等と並んで主要な精神障害となったことが、アナフラニールやSSRIといったセロトニン再取込み阻害剤による改善率の宣伝や診断基準の変遷とともに描かれている。

<註1>アデロールは、LとD体の両方を含む異なるアンフェタミンのミックス。覚醒剤そのもので日本では覚醒剤取締法の規制対象になる。日本では類似のメチルフェニデート製剤として、リタリンがナルコレプシーに、コンサータがADHDにそれぞれ認可されているが、いずれも登録医制で規制がかかっている。
<註2>米国精神医学会が2013年に公開した「精神疾患の診断・統計マニュアル第5版」。実際上精神障害の国際診断基準として扱われている。

「健康的な体形」はそれにそぐわない体型に烙印を押す。ダイエットやフィットネスといった言葉を援用することで、健康への欲望をつくり出し、操作することが可能だ。その価値判断は、健康の名のもとにおしつけられるため、健康ファシズムと呼ばれている。

冷戦システム下での民間防衛計画は、冷戦国家が核攻撃の予防を断念し、民間防衛という言質を通して、核戦争を生き抜くための個人的責任を負うように市民に要求した。いわく、核爆発後の緊急手段の90%は生存者の間に広がる最初の90秒のパニックを防ぐことだと。核戦争よりパニックが問題とするのは、原発事故よりも放射線恐怖が問題とする主張と相似形で、原子力村の主張はいまも同じだ。

障害を抱えた体は苦痛の渦中にあり、苦痛に満ちた生とは間違った生であるとして障害のある人たちから市民権や人権を剥奪したり、そうした人たちの死を正当化したりする立場がある。これを徹底した功利主義はまさに相模原事件の加害者の障害(者)観そのものだ。

本書は論文集で、医療、倫理、フェミニズム、哲学、法学など多様な立場から著者たちが健康をめぐる嘘と神話を暴いていく。健康/疾病の二分法自体が市場化されたものであり、健康関連の研究に関しては、どのような類の健康が生み出されているのか、だれのためなのかなどを正確に査定しなければならないと教えてくれる。やや難解だが、健康ファシズムや病気づくりへの批判の立場は鮮明である。興味ある論文を読むだけでも価値がある。

いわくら病院 梅田