学会セミナー報告(NEWS No.508 p05)

12月2日大阪小児科学会・地域医療委員会主催の第8回「低線量被ばくを考えるセミナー」に参加しました。同委員会の髙松勇氏による講師紹介のあと、山田耕作氏(理論物理学・京都大学名誉教授)が「日本学術会議報告『子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題』の問題点」と題して講演されました。

本年9月1日「現在の科学的知見を福島で生かすために」と付記した報告を公表した日本学術会議/臨床医学委員会/放射線防護・リスクマネジメント分科会は、「この報告をベースに、国民との双方向性コミュニケーションを担う保健医療関係者に向けた『提言』を取りまとめることを計画して」います。また報告が科学的根拠として取り上げている「子どもの放射線被ばくの健康影響に関するさまざまな研究の成果」は、「国際機関」と称されている国連科学委員会(UNSCEAR)、国際放射線防護委員会(ICRP)によるもので、その成果を基に「放射線防護体系の問題点を是正している途上にある」と述べています。これらの「知見」が真に「科学的」かどうかを学ぶことは、「今後『リスクの許容範囲』の合意形成に向けて」の実践を期待されている「保健医療関係者」にとって、子どもの健康を守るための判断力を得るために意義のあるセミナー開催であったと考えます。

山田先生の講演は「科学者の社会的責任」に対する言及から始まりました。

人間の本質は集団としての生活や労働に存在する/人間の倫理の基礎は、科学と民主主義の拡大・発展を求める公的な感情や憤りにあり、これは類的存在としての人間の本性に基づくもの……であるが故に、「科学者の使命」については「科学の進歩が人権を擁護し、人類に幸福をもたらすように厳しく監視する責任がある」と言明され、先生の長い研究生活を支えた根幹の思いがうかがわれました。そして「核の平和利用と称して」「原子力発電の推進に協力」した科学者の福島原発事故被害者に対する加害責任を提起され、学術会議報告を批判するに至った先生の心情を感じました。

次に、「学術会議報告の問題点」として

  1. 被ばく事実の認定 被曝影響の個人差
  2. 内部被曝の危険性 ペトカウ効果
  3. 放射性微粒子の危険性

……これらの重要な事柄に関する学術会議の誤りに反論する多くのデータ提示がありました。
UNSCEARの’13年報告で被曝線量推定に採用されたデータは、放射線医学総合研究所による1080人(飯館村、川俣町、いわき市)の測定結果です。このデータを根拠に「事故による放射線被ばくに起因し得る」健康被害を「予測されない」としています。このデータに対して山田先生は、本行忠志氏(大阪大学・放射線生物学)の評価を紹介して批判されました。

「現実の被害」として本年6月30日現在、手術および細胞診による甲状腺がん患者193名が発見されています。「県民健康調査における中間とりまとめ(‘16年3月)」においても「地域がん登録で把握されている甲状腺がんの罹患統計などから推定される有病数にくらべて数十倍のオーダーで多い」との評価が出ていますが、報告は「本来比較されるべき数字ではない」と疫学理論に基づくことなく「多発」を否定します。

また、放射性物質の総放出量がチェルノブイリ事故の約1/7、ヨウ素131放出量は1/11として、「ベラルーシやウクライナの避難者集団の平均被ばく量と比べるとはるかに低い」と述べます。山田先生はノルウェー気象研究所のストール氏らの調査結果で反論されました。[Stohl, A. et al.Atmos. Chem. Phys. Discuss. 11, 28319-28394 (2011)]この件についての私からの質問に応えて、フロアーの渡辺悦司氏(市民と科学者の内部被曝問題研究会会員)からも汚染水問題を含む追加説明を頂き、福島原発事故の重大さを再び学ぶ機会となりました。

ご講演頂いた「報告」を批判する根拠となる貴重なデータ紹介を省いたセミナー報告になったことをお詫びします。

小児科医・伊集院