原発賠償京都訴訟原告団が手記を編みました(NEWS No.508 p07)

2011年3月11日の東日本大震災に起因する原発事故により私たち避難者はそれぞれの決断で京都へ避難してまいりました。
そして私たちは、2013年9月に国と東電を相手取り提訴し後に2度の追加提訴を行い、174名57世帯の大きな訴訟団になりました。過日9月29日には他の賠償訴訟団の中でも早く結審を迎え、140名を超える多くのみなさまが関西圏はもとより福島県や首都圏などからも傍聴に駆けつけてくださいました。
温かいまなざしと大きな拍手で見守ってくださる地裁前の道を弁護団と私たち原告団が行進し、ホールでも拍手の渦。全原告世帯代表がみな法廷に立ち、国と東電の責任などを訴えた本人尋問や専門家証人の尋問もあったこの4年間の期日や出来事が走馬灯のように駆け巡り感無量になりました。そして、傍聴席は満杯の中で結審は始まりました。
原告の最終意見陳述では、健康被害が広がっていく不安や、すでに健康に影響をおよぼしている避難者の現状を、萩原共同代表が涙なみだで陳述しました。私は、福島県やその近隣都県に住まう人々が「頑張れ、復興だ」とさまざまなところで被ばくを強要されながら我慢を強いられている現実を話し、何人も被ばくしない権利を持つと強調しました。
この福島第一原子力発電所の放射能漏れの事故に対する賠償訴訟は、全国で約30訴訟あり、すでに群馬訴訟、千葉訴訟、生業訴訟では判決が下されております。判決では、東電の責任はもちろん国の責任も2訴訟に認められました。来年3月15日の判決を待つ京都訴訟団では、先人たちの訴訟これは、賠償訴訟のみならず他公害訴訟団の血と涙の努力の末に勝ち取ってきた判例を背にして、完全勝利判決をめざし進む所存です。明るい展望のある判決文を裁判官に書いてもらうべく、皆さまのお力をお借りしながら、大きな2つの柱を持って日本国内外に訴えていきます。
1つ目。公正な判決を求める要請署名を集め、多くの人々に関心を持ってもらい、この世論を判決が下されるその日まで裁判官へ届けること。
2つ目。「私たちの決断 あの日を境に…」は、原告32名がそれぞれの思いをみなさまへお伝えするべく編みあげた本のタイトルです。いまだ終わらない原発事故の悲惨さを知ってもらい、災害時の行動に直結する指南書として活用していただけます。弁護団からのこの裁判の意義などの紹介、支援する会共同代表からの熱いメッセージ、支援する会スタッフからの心温まる声も収録、私たち32名の避難者の軌跡をぜひ読んでみてください。

原発賠償訴訟・京都訴訟原告団を支援する会ブログ  http://shienkyoto.exblog.jp/28141445/

原発賠償京都訴訟原告団共同代表