臨床薬理研・懇話会12月例会報告(NEWS No.509 p02)

臨床薬理研・懇話会12月例会報告
シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第32回
リアルワールドエビデンス(観察研究)の論文を批判的に読む
Immortal Time Bias (Samy Suissa)

前回例会で時間に関するバイアスで、Immortal Time Bias のある観察研究(コホート研究)の臨床薬理論文をとりあげました。この Immortal Time Biasはややこしいですが観察研究論文でみられる典型的なバイアスです。観察研究の臨床薬理論文を批判的に読むためには慣れる必要があり、引き続きImmortal Time Biasの文献をとりあげました。なお、Immortal Time Bias を薬のチェックTIP誌は「無イベント時間バイアス」と訳しています。

今回の論文は、Immortal Time Biasの重要性を世に広く知らせた Samy Suissa が、吸入ステロイドでCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の死亡・再入院のリスクが30%下がったとの主張を批判したものです(注:吸入ステロイドがCOPDの死亡・再入院のリスクをさげないとまでは言っていません)。
Samy Suissa. Effectiveness of inhaled corticosteroids in chronic obstructive pulmonary disease   Am J Respir Crit Care Med 2003; 168: 49-53.

批判した論文は Sin DD et al. Am J Respir Crit Care Med 2001; 164: 580-4です。この論文は高齢COPD患者における吸入ステロイド治療と繰り返し入院・全死因死亡との関係の決定のために行われたpopulation-based のコホート研究です。種々の交絡因子の調整後、「退院90日以内に吸入ステロイド治療を受けた患者」は、COPDによる再入院が24%少なく(95%信頼区間22-35%)、1年間のフォローアップ期間の死亡が29%少なかった(95%信頼区間22-35%)としています。しかし、対象患者が「退院90日以内に吸入ステロイド治療を受けた患者」と、吸入ステロイド治療の開始時期に大きなばらつきがあるのが問題です。

Suissa (カナダ・McGill大学臨床疫学) は、カナダSaskatchewan住民のデータベースで1990-1997の期間にCOPDが原因の55歳以上の入院患者979名について、この論文と同じ(A) time-fixed analysisと、それに替わる (B) time-dependent analysis を対比させることで、その相違を明らかにしています。曝露は、退院後90日以内に吸入ステロイドの3度目の調剤を受けた日がcohort entry です。結果は、(A) time-fixed adjusted rate ratio (時間固定での調整発生率比)が90日以内の吸入ステロイド使用に対し0.69 (95%信頼区間0.55-0.86)であるのに対し、(B) time-dependent rate ratio (時間依存の発生率比)では 1.00 (95%信頼区間0.79-1.26)で、吸入ステロイドの効果は示されませんでした。

time-fixed analysisではrate ratioは「曝露期間の長さ」で影響を受け、15日間の曝露では発生率比が0.98, 365日間の曝露では0.51でした。これに対し正しい解析であるtime-dependent analysisでは1.06と0.94と変わりません。吸入ステロイド使用は mortality と morbidity を減じるとは言えないのです。Suissaは、観察研究は役に立ち(valuable)得るが、最近の吸入ステロイドによるmortality とmorbidityの減少の報告はその曝露の不適切な割り当て (allocation) と不適切なimmortal time分析によってバイアスを生じていると述べています。ステロイド開始までの期間を正しく扱うことが重要で、吸入開始前の曝露オフの期間を曝露オンとするとバイアスを生じます。吸入ステロイドがより重症の患者に使われたのなら効果があることは否定できませんが、今回のデータ解析から吸入ステロイドがCOPDに効果があるとは言えません。immortal person-timeの不適切な考察は、とりわけ曝露に関し誤分類された場合に発生率比の推定にバイアスをもたらします。

当日の討論では、Immortal Time Biasは、一度納得したつもりでも他の例で応用・説明しようとすると紛らわしい。曝露オンとオフの期間などをしっかりと区別してみていかねばならないとの感想が出されていました。このImmortal Time BiasとHPVワクチンの名古屋データの解釈でみられた frailty exclusion bias (病者除外バイアス)とは、疫学調査でのバイアスの双璧とも言えるとの指摘がありました。frailty exclusion bias は、患者の状態とともにイベントの出やすさの両方に関係する交絡バイアスです。第30回のエダラボン(ラジカット)でも治療適応による交絡バイアスが問題となりました。「時間に関するバイアス」は、アクトスと膀胱がん発症との因果関係を否定するのに、Immortal Time Bias は正しく処理されたが追跡期間中の曝露状態に関して誤分類している惑わせる例などがあり、十分な注意が必要との指摘がありました。

薬剤師 寺岡章雄