臨床薬理研・懇話会2月例会報告(NEWS No.511 p02)

臨床薬理研・懇話会2月例会報告
シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第34回
観察研究における時間関連バイアスについて更に

JAMA Internal Medicine誌 (2017; 177:1489) に、米国退役軍人健康管理局 (VHA) 病院124の2003-2014年の大規模データを用いて、黄色ブドウ球菌菌血症 (SAB) 患者での 30日間の全死亡がこの期間に減少し、減少の57.3%はエビデンスに基づくケアプロセス の使用によると推定されるとの 観察研究が掲載されました。論文に対し、Immortal Time Bias がありケアの効果を過大に評価しているのでは、というレスポンス (178; 295)と、原著者 Gotoたちの Reply (178; 296) が同誌の2018年2月号に掲載されています。時間関連バイアスの問題は、過去データを用いる観察研究に伴うことの多い問題なので、とりあげることにしました。
エビデンスに基づくケアプロセス (EBCP) とは、1) 適切な抗生剤治療、2) 心内膜炎診断のための超音波心臓検査(心エコー法)の実施、3) 感染疾患スペシャリストの診察 (ID consultation) の3点です。「適切な抗生剤」とは、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌 (MRSA) 菌血症患者に対するバンコマイシンまたはダプトマイシン、メチシリン感受性黄色ブドウ球菌 (MSSA) 菌血症患者に対する第一世代セファロスポリンまたはペニシリナーゼ抵抗性ペニシリンの静脈内投与と定義しています。2014年にVHA病院においてこの3プロセスをすべて受けた患者は約半数にとどまる状況です。
コホート研究は36868人の黄色ブドウ球菌の血液培養検査が陽性の患者を対象とし、プライマリーアウトカムは血培陽性後30日間の原因を問わない死亡です。全死亡は、2003年の25.7%から2014年の16.5%へと経時的に減少しました。一方、適切な抗生剤療法の使用、超音波心臓検査、感染症専門医による診察はいずれも経時的に増加しました。なお、研究方法では、早期に死亡した患者はEBCPを受ける時間がなかった可能性があるので、著者たちは菌血症判明後2日以上生存しなかった患者を除いてEBCPと死亡との間の感度分析 (バイアスの影響を定量的に検討する方法) を行い、結果が変わらないことを確かめています。
所見では、SAB患者の53.2%はID consultationを、70.6%は適切な抗生剤治療を受けています。適切な抗生剤治療を受けた患者の割合は、2003年の66.4%から2014年には78.9%に増加しています。2014年には、MRSAグループでは94.3%、MSSAグループでは66.9%が適切な抗生剤治療を受けています。1人の患者の受けたEBCPの数と死亡との関係には dose-response関係がありました。3つのEBCPすべてを受けた患者の全く受けていない患者に対する、死亡のリスク調整したオッズ比は0.33(95%CI, 0.30-0.37)でした。cohort years と患者レベル分析を通じた recycled predictions (従属変数に対する説明変数の関与の大きさを理解するために用いられる技法)を用いて、著者たちは2003年から2014年の期間におけるリスク調整した死亡減少の57.3% (95%CI, 48.4%-69.9%)は、3つのEBCPの使用増加が寄与したものと推定しています。
著者たちは今回のVHA病院での経験から、EBCPの更なる使用が日常診療でのSAB患者の命を救う改善に役立つとしています。
この論文に対するレスポンスで Tongたちは、Immortal Time Bias が正しく扱われておらず、介入に有利になるバイアスがあるのでないかとしています。Goto たちの研究においてはSABのはじまりのあといつ死亡が起こったかが明確でなく、著者たちは菌血症のはじまりのあと2日以上生存していない患者を除いて感度分析を行ってはいるが、実際は血液培養の結果は2日たたないとわからないのでEBCPは請求されず、血液培養の結果が判明するまで行われないとし、EBCPをtime-dependent covariates(時間依存共変量)として扱った解析が必要としています。
この指摘に対しGoto たちは、指摘にあるように最適の解析法はEBCPの導入をtime-dependent covariatesとした解析モデルであるが、不運なことに124病院36868人の患者の個々のケアプロセスについて正確なtiming の情報をもっていないので、この方法を適用できなかったと述べています。Immortal Time Biasの存在には気付いていたので感度分析でその程度が大きいものでないことを評価したとも述べています。そして、将来の研究がtime-dependent covariatesを用いて行われるべきことに合意するが、そのためにはデータ収集のため医学的記録として何が必要か十分な検討が必要と述べています。
討論では、Goto たちが原論文やレスポンスに対する Reply で述べていることは、概ね妥当でないかとなりました。最後に述べられているリアルワールドデータがさらに活用されるためには、何を記録するか遺漏のないことが大切との指摘は、当然のことですがリアルワールドデータについての地に着いた議論のために要となる指摘と考えられました。
討論のなかで、Immortal Time の理解にはその期間に何をしていたか、あるいはしていなかったかの視点が大事との指摘がありました。また、オープンアクセス (J-Stage)で読める「野尻宗子. バイアスと交絡: 医療情報データベースを使った薬剤疫学研究. 薬学雑誌2015; 135: 793-808」の文献が参考になるとの紹介がありました。

薬剤師 寺岡章雄