遺伝子検査では、福島の甲状腺がんが被曝によるかどうかはこれまで以上に明白にはならない(NEWS No.511 p05)

サンデー毎日の記事の紹介をしましたが、この記事で西尾正道氏は遺伝子「7q11の重複」を見る検査で、放射線障害によるかどうか「一発でわかる」としています。遺伝子検査万能かのような日本の医学の常識では信用する方も多いように思います。
しかし、このもっともらしい話の簡単な間違いには、私のような遺伝子についての知識がない者でも、気づきました。

チェルノブイリでの遺伝子の研究で放射線との関連を明確にできた研究はほとんどありません。しかし、ドイツのJulia Heßaのグループが調べた「7q11の重複」については、けっこう明快に関連性を示す結果がでています。(Julia Heß et al. PNAS 2011 08; 9595-960)
彼らは、チェルノブイリの放射性ヨウ素I131被曝した子どもと、I131がほとんど無くなってから妊娠した子どもの甲状腺がんとの比較をしています。

7q11の重複は、最初の検査では
被曝ありのグループ:33人中13人
被曝なしのグループ:19人中 0人
また、確認のために調査した人たちでは、
被曝有:16人中6人
被曝無:12人中0人
合わせて
被曝有:49人中19人
被曝無:31人中0人 でした。

「7q11の重複」は被曝群は約40%、被曝無し群は0%ですから、I131による被曝群では圧倒的に多い(p<0.0001)ことは証明されており、被曝するとこの現象が出やすいとは言えます。(セシウムなど他の放射線核種による被ばくの影響は検討していません。)
また、被曝無し群では「7q11」は誰にも見つかっていませんから、この現象が見つかった患者は必ず被曝をしている、といえるのでしょうか?それが言えれば、7q11の検査で原因が被曝であると「一発でわかる」かのように思われます。しかし、そうは簡単にいかないのです。

<被曝なしが0/31人でも、検査人数が多くなると分子が0でなくなる可能性はある>
実は、I131に被曝していない31人中0人というのは、統計的に95%の範囲は0から 3人(「3の法則」)です。今後、検査人数を増やして行くと、被曝なしの甲状腺がんでもこの現象が出る可能性は最小0ですが、最大では10人に1人程度(3/31)までは、出る可能性があるのです。
福島での甲状腺がんは既に196人発見されていますから、I131の被曝のお子さんでなくとも「7q11の重複」が出る可能性は0人から19人程度までになります。逆に言うと、「1例」見つかったとしても、甲状腺がんが被曝によると証明した、というわけには行かないのです。

<この現象がでなくても放射線由来でないとは言えません>
なにしろ、チェルノブイリの甲状腺がんのほとんどは放射線由来であることが別の疫学調査でわかっているので、被曝がはっきりしているのに6割は「7q11の重複」がないのですから、これが無くても放射線由来ではないとは言えません。
西尾氏は、この主張の直後に「40%ほどの確率で見られるものだとしても、1例が見つかれば放射線由来の甲状腺がんの可能性を示唆できるはずだ」としており、「一発だ」から大幅にあいまい化しています。
津田氏敏秀氏らの論文は、全体の甲状腺がんのほとんどが原発由来であることを明確に証明しています。
疫学(EBM)を信頼せず、遺伝子分析に頼ろうとする西尾氏の姿勢は、日本の多くの「医学者」に共通したものです。とはいえ、その非科学的見解は被曝者の利益と反するものなのです。

はやし小児科 林敬次