臨床薬理研・懇話会 シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第36回(NEWS No.513 p02)

シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第36回
時間関連バイアス(誤分類)によりアクトスの発がん性が消された!!

今回は、Immortal Time Bias についての12月例会(医問研ニュース509号2ページ例会報告)のディスカッションで、Immortal Time Bias は正しく処理されているが、他の時間関連バイアス(誤分類)があり十分な注意が必要な例として指摘されていた、アクトス(ピオグリタゾン)発がん性についての観察研究文献をとりあげました。米国カイザーパーマネントコホートでの研究です。
Lewis JD et al. 糖尿病患者におけるピオグリタゾン使用と膀胱がんおよび他のよくあるがんのリスク. JAMA 2015; 314: 265-77.

この論文は、「薬剤疫学 (Pharmacoepidemiology)」の教科書編者である Strome BLが共著者になっており、中間報告の論文(2011年)では論文で最後に記載される重要な共著者でもあります。

アクトスの膀胱がんリスクについては、今回研究の中間報告を含む13件の観察研究と5件の比較臨床試験をそれぞれメタ解析(総合解析)した文献 (Brit J Clin Pharmacol 2013; 78: 258-73)で、膀胱がんリスクの上昇が明らかでした。メタ解析論文の著者たちは「あまり大きくはないものの、しかし臨床的に重要なピオグリタゾン使用に伴う膀胱がんのリスクが見出された。膀胱がんのリスクは蓄積用量と曝露の持続に関係しているようであった。われわれはピオグリタゾンが処方されるときは、より短い期間にとどめるよう推奨した」と結論しています。ところが、開発企業は今回の最終報告論文で、アクトスと膀胱がんの因果関係を否定し、認めようとしていません。なおもう一つの根拠とされている欧州試験の学会発表が論文化されていないかPubMed で検索しましたが、まだ出版されていないようです。

この研究は、カイザーパーマネンテ北カリフォルニアの1997-2002年に40歳以上の、糖尿病レジストリにおける193099患者を対象にしています。中間報告論文 (Lewis JD et al. Diabetes Care 2011; 34: 916-22)では、全般的に言えば、ピオグリタゾン使用は膀胱がんリスクと関係しなかった (ハザード比1.2、95%信頼区間0.9-1.5)ものの、あらかじめ取り決めていたカテゴリーである2年以上のピオグリタゾン使用例では膀胱がんのリスク増加がみられました(ハザード比1.4、95%信頼区間1.03-2.0)。

そして今回の最終報告論文 (2015年)です。研究目的は、「ピオグリタゾンのこれまでの研究はがんのリスクを示唆している。今回の目的はピオグリタゾン使用が膀胱がんと10のがんのリスクに関係するかを調べることにある」となっています。コホート研究およびネステッド症例対照研究 (nested: コホート集団という「巣」の中で行う症例対照研究)の結果が示され、いずれもピオグリタゾン使用は膀胱がんリスクに関係しないとの結論を主張しています。

膀胱がんコホート193099症例のうち34181症例(18%)がピオグリタゾン使用(継続中間値2.8年、範囲0.2-13.2年)、膀胱がん発生は1261人。ピオグリタゾン使用患者での膀胱がん素発生人数89.8/100000人・年、非使用患者では75.9/100000人・年。ピオグリタゾン使用は膀胱がんリスクに統計的に関係しない (調整ハザード比1.06、95%信頼区間0.89-1.26)としています。膀胱がんを対象とした症例対照研究の結果も同じく関係しないとの結果です。
他のがんについては、10のがんの内8つでも関係しない結果でしたが、前立腺がんと膵がんではリスクが増加、前立腺がんではハザード比1.13、95%信頼区間1.02-1.26、膵がんではハザード比1.41、95%信頼区間1.16-1.71でした。前立腺がんと膵がんの素発生人数は、前立腺がんでは使用者453.3対非使用者449.3/100000人・年、膵がんでは使用者81.1対非使用者48.4/100000人・年でした。そしてどのがんでも開始以来の時間、持続期間、用量に関し、がんのリスクに明確なパターンはみられなかったとしています。

そして抄録での結論は、「ピオグリタゾン使用は、これまで観察されたような(小さな)リスクの増加は除外できないものの、膀胱がんのリスク増加と統計的に有意な関係がみられなかった。前立腺がん、膵がんのピオグリタゾン使用でのリスク増加は、因果関係があるのか、たまたまそうなったか、残存している交絡、逆の因果関係など、今後の検討に値する」となっています。

しかし、中間解析では2年以上のピオグリタゾン使用、28000mg以上の蓄積量では、膀胱がんリスクの増加が明らかにみられていたのです。更なる長期間のフォローアップでこの膀胱がんリスクの増加はどのように消えたのでしょうか?

これを最終報告論文で調べると、「ピオグリタゾン使用症例」の定義に行きつきます。研究方法には「オグリタゾン使用症例は6か月以内にピオグリタゾンを2回処方された症例である。この曝露の定義に患者が合致すれば、その症例はその時点以降ピオグリタゾンに曝露したものとした」となっています。いったん使用者となると、中断(ピオグリタゾン使用の継続中間値は2.8年)後もずっと使用者として扱われたのです。ピオグリタゾンの血中半減期は約5時間で、曝露終了後も影響が長期に持続する薬物ではありません。中断されれば早い時期に「不使用群」に分類する必要があるのが、カイザー調査では「使用群」に誤分類されたのです。分母、人・年の誤分類は重大なバイアスをもたらし、観察期間が極めて長くなった最終報告での結論をゆがめたと考えられます。

なお、がん発生の機序としては、ピオグリタゾン(アクトス)は、その脂質の代謝や、脂質細胞の分化に重要な役割を有する PPAR-γの働きに影響して、免疫の働きを抑制します。このように身体の基本的な機能に影響して免疫を抑制する物質は、おおむね発がん性があり、グリタゾン剤の中でもピオグリタゾンはこの作用が強く、そのことが膀胱がん、前立腺がん、膵がんなどの増加につながっていると考えられます(くすりのチェックTIP63号)。

薬剤師 寺岡章雄