がんの起源に関するパラダイムシフト がんにおけるEBMを発展させるためには?(医問研ニュース500号記念シンポジウム報告 その4)(NEWS No.513 p06)

“First Do No Harm(害を及ぼすことなかれ)”は、ヒポクラテスの言葉とされる医療倫理を謳ったものであり,医療の介入がかえって患者に何も治療しないより害悪を招き得ることに対する戒めの言葉です。
シンポジウムで私は、現代医療においてがんの標準治療とされている手術・抗がん剤・放射線治療が、いかにヒポクラテスのいう“治療の大原則”を守っていないかについてお話しました。そしてそのがんの標準治療が依拠するパラダイムである「体細胞遺伝子変異仮説がいかに矛盾のある仮説であるかについても述べました。

全てのがんには「好気性条件下で発酵する」という共通した代謝変化(“ワールブルグ効果”)があることを発見したオットー・ワールブルグ博士が唱えた「ミトコンドリア代謝異常仮説」を紹介しました。この仮説によれば、ミトコンドリアの代謝異常こそががんの原因であり、がん細胞で認められる遺伝子変異は2次的なものだということでした。

さらに、がんの「場の理論」が提唱されていることもシンポジウムでお伝えしました。「がんは細胞自体がおかしくなって起こってくることではなく、細胞の周囲環境の変化によって徐々に細胞が悪性化していくのだ」ということです。ただしこのがんの周囲環境、すなわち“場”の変化が一体何によってもたらされているのかはまだ解明されていません。しかしながら、ミトコンドリアで作られるエネルギーがなければ我々の細胞は生きてはいけません。つまり、energeticsの観点からみれば、細胞の運命や細胞の周囲環境に最も影響を与えている因子は「エネルギー」であることは明らかです。実際に、ストレスが与えられた場合の細胞の代謝変化やそれによる周囲環境の変化を捉える研究もなされ始めています。

上記のようなことが明らかになってきているにも拘らず、現代医療ではがんは遺伝子異常によって起こるものと決めつけて、患者の身体も壊すような3大治療を繰り返しています。矛盾に満ちた仮説を基にした治療によるエビデンスのみが積み重なってしまった世界では、より科学的で矛盾のない仮説に基づいた治療であっても「エビデンスがない」と否定され、排除される傾向があることは否めません。また、その“エビデンス”さえもが医薬業界の思惑によって意図的に生産されているという事実もぜひ知っておいて欲しいと思います。

私は、上記のようながん医療の問題に関して言えば、もはや医学をScienceとして位置づけることはできないのではないか、という疑念を抱いています。むしろ医薬業界がビジネスのために偽造したpopular Scienceと言っても過言ではないと思っています。このような状態を脱するためには、まずは基礎の学問、すなわち、物理学・化学・生化学・生理学・分子生物学などに立ち返って考えるべきだろうと思います。そしてin-vivo、in-vitroの実験データも踏まえた上で、基礎理論を構築し、それをベースに実際の臨床で患者に応用して得られたデータから新たなエビデンスを蓄積していく。がん医療においては、このような帰納的な方法による新たなEBMの構築が必要であると私は考えています。これが私なりの「がんにおけるEBMの発展を目指すためには?」の解答です。

最後になりましたが、今回のような素晴らしいシンポジウムを開催していただき、そして私のような浅学菲才な若輩者をシンポジストとして登壇させていただき、誠にありがとうございました。この場をお借りして、主催者の皆様方と会場に足を運んでくださった聴衆の皆様方に多大な御礼を申し上げます。

大阪大学大学院医学系研究科
博士過程3年 松本有史