いちどくを この本『失われてゆく、我々の内なる細菌』(NEWS No.513 p07)

『失われてゆく我々の内なる細菌』
マーティン・J・ブレイザー著
みすず書房、3200円+税
2015年7月発行

幼児は「アンパンマン」と「バイキンマン」が大好きです。「バイキンマン」は悪者として描かれていますが、とてもユーモアがあって憎めないキャラクターでもあり、子どもから「バイキンマンの方が好き」と聞くことも多々あります。

しかし、大人の世界では「抗菌加工」とか「殺菌効果」とか「バイキン」に対する激しい攻撃がされています。医療では、鼻水が黄色い、痰が出るなどとして抗生物質が乱用され、抗生物質を乱用する診療所ほど患者が多いのがどうも実情なようです。

この細菌は悪者という構図を根本からひっくり返したのが、「マイクロバイオール」という考えです。人であれば、人の生命活動の一部、しかも重要な一部を担っている微生物とそれが発現する遺伝子群、それと宿主との相互作用を含む用語とのことです。この本はその研究の第一人者とされるマーティン・J・ブレイザーが書いた本です。

私は、ときどき便や鼻汁などを顕微鏡で見ますが、便には無数の細菌が見え、鼻汁にも多数―無数の細菌が見えます。これまで、これらの細菌の重要性についてそれほど考えたことがありませんでした。しかし、この本を読んで、我々の身体と共存している細菌の重要性について深く考えなければならないことに気づきました。

以前、養護の先生に中学生でのピロリ菌除去についての講演を頼まれたことがあり、そもそも人間に常在しているピロリ菌の除去は、逆の問題点(食道炎や食道がんの増加)を考えたことがありました。この講演は私にはとてもつとまらないので、元山口大学教授でJIPの編集委員である谷田憲俊さんに引き受けてもらいました。この本の著者はピロリ菌に関する研究で最も知られている方のようで、この問題を詳しく書いています。

人間自体の細胞は30兆個ですが、細菌の数は消化管を中心に、呼吸系、皮膚などに無数に存在して100兆個とのことで、人間の脳と同じ程度の重量の「一つの臓器」として、免疫・ホルモンから神経まであらゆることと関連していることが動物実験を中心に論証されています。そして、抗生物質の乱用が、細菌の耐性を生むばかりか、このマイクロバイオールを破壊し、生命活動に大きな影響を与え、肥満・免疫など多くの問題を引き起こすことを実験室や臨床試験で明らかにされたことも多く紹介されています。

もちろん、この本は人類における抗菌剤の果たす役割を否定するものではありません。その乱用を止めなければ人類の危機となることを訴えているのです。

注意点として、例えば抗生物質の使用が喘息の発生率を増加させるという人間の疫学調査が紹介されていますが、調べてみると後ろむき調査では有意差が出ていますが、前向き調査では有意差が出ていないというレビューもあります。(Middleton’s Allergy principles&Pracitice 7thed)

著者自身が述べているように抗生物質使用による多くの病気と関連はまだ多くは仮説の段階であり、今年の日本小児科学会で一部発表されたような、川崎病との関連などについての科学的調査が待たれるのです。

最後に、ワクチンとの関連で、細菌やウイルスとの共存の問題も今後の課題かと強く思いました。

なお、この本は286P・3200円という大著です。その解説も含めてまとめられた、この本を訳した山本太郎著『抗生物質と人間』(岩波新書)が出ていますので、時間がない方にはご参考になるかと思います。

はやし小児科 林