韓国反原発闘争との交流に参加して(NEWS No.516 p04)

去る7月29日開催された全国交歓会での韓国との原発交流会に参加した。そこでのやり取りやその後の資料検討から今後の反原発運動の日韓連帯、国際連帯に向けての大枠を考えてみた。

1. 韓国での運動

交流会ではイ・サンホン慶州環境運動連合事務局長から2014年に釜山近くのコリ(古里)原発地域で原発と甲状腺がんの因果関係を認めさせたイ・ジンソプ氏の裁判闘争の経過やその後の300名を越える甲状腺がん被害者による裁判闘争の報告などを受け論議した。イ・サンホン氏の報告から多くの教えをいただいたが、特に疫学データの重要性についての論議を深めることができたので、紹介する。

2012年提訴されたイ氏裁判に先立ち、裁判勝利の力の一つとなったのが、ソウル大の発表した不完全な資料を全面公開させたことである。反原発運動の蓄積の中で、ソウル大学医学研究所が、2007年3月1日〜2011年2月28日の間、韓国内で行なった「原発従事者および周辺地域住民の疫学調査研究」の結果報告書を2011年に公表した。ソウル大チームの結論は「原発周辺地域のすべての部位のがんだけでなく放射線関連がん(胃、肝臓、肺、骨、乳房、甲状腺、多発性骨髄腫、白血病)の発症リスクが対照地域に比べて、男女ともに統計的に有意な差はなかった」であった。また「原発からの放射線と周辺地域住民のがん発症のリスクの間に、因果関係があることを示唆する証拠もない」とされた。このソウル大の報告に対しては、2011年公表当時から論議があり、キム・イクチュン教授(東国医学部)らは原資料の公開を要求し、国会を通じて公開を実現させた。その結果をペク・ドミュンソウル大、ジュ・ヨンス ハンリム大教授らが分析、2012年大韓職業環境医学会で発表した。遠隔対照地域に比べて原発周辺地域での女性の甲状腺がん発症リスクが2.5倍高いという内容であった(表1参照)。

裁判所はこの大韓職業環境医学会にイ氏裁判の鑑定を依頼し、その結果が甲状腺がんと原発の因果関係を認める裁定の大きな力となった。大韓職業環境医学会の裁判鑑定は2014年6月に回答され、以下の様であった。
○甲状腺がんの最も重要なリスク要因は、治療用の放射線被ばくと環境災害による放射線被ばくである。
○チェルノブイリ原発事故でも女性から甲状腺がんが有意に増加し、放射線被ばくと甲状腺がんは、容量 – 反応関係があることが報告された。
○2007年3月1日〜2011年2月28日の間、国内で行われた「原発従事者および周辺地域住民の疫学調査研究」の結果報告書によると、遠隔対照地域に比べて原発周辺地域での女性の甲状腺がん発症リスクが2.5倍高く、原発周辺地域での放射線被ばくが甲状腺癌の増加の原因である可能性が高い。

(表1)

がんの部位指標周辺地域対照地域
近距離遠距離
甲状腺がん発生率61.443.626.6
相対危険度2.5
(1.43-4.38)
1.8
(0.98-3.24)
1

ソウル大が2007年から原発周辺の疫学調査を行わざるを得なかったこと、国がそのデータを公表せざるを得なかったこと、一つの学会が踏み込んだ鑑定を行ったことなどは2011年以降の福島での甲状腺がん多発も影響していると思われる。例えば2011年11月に行われた韓国エネルギー研究院の1000人アンケートでは原発反対は事故前19%から事故後59%に跳ね上がった。また韓国原子力安全委員会を独立組織とし、さらに委員の利益相反を強く規制したのも福島原発事故後の事である。反対運動の国際化の必要性を実感した。もちろん、福島原発事故以上に裁判勝利の大きな力となったのがイ・サンホン氏らの慶州環境運動連合などにあったことは交流の中で強く感じ、我々が学ぶべき点の多いことを痛感した。

2. 日本に与える影響
このイ・ジンソプ氏裁判判決後、2014年、韓国では300名を越える甲状腺がん被害者による裁判が始まった。しかるに判決と同じ2014年11月、Korea大学のHyeong Sik  Ahn氏が韓国の成人甲状腺がんは(主として60代、40歳以上)15倍に増加(1993年から2011年)、死亡率は減っていないので増加はスクリーニング効果、過剰診断であるという論文を発表した。先のソウル大調査は原発周辺住民だけでなく、対照地域住民でもそれぞれ1万人規模を対象に行われており、こういった評価は当てはまらない。また、日本の18歳以下の多発にも当てはまらない(もともとの罹患数は18歳以下でははるかに少ないため、スクリーニング効果で福島の小児甲状腺がん多発は説明できないことは癌研津金氏ですらすでに公表している)が、この論文はいわゆる国際的な「原子力村」からの動きとしてとらえる必要があり、今後日韓での協力が必要となることを強く暗示させる。
3.イ・ジンソプ氏裁判とトリチウムとの関連、世界的意義について
イ・ジンソプ氏裁判ではコリ原発から年ごと放出される放射線被ばく線量が示され、原発からの距離を放射線被ばくの代行として甲状腺がんとの因果関係が認められた。この原発からの被ばく線量は主としてトリチウムの放出量である。詳細は省くが、トリチウム(や放射性希ガス類など)は一定の範囲で世界的に管理当局から自然界への放出が認められている!!図1に韓国(重水炉である月城原発は特にトリチウム放出が多い)、図2に日本の川内原発でのトリチウム放出を示す。

(図1)

(図2)

トリチウムについて;冷却、臨界のコントロールに水を使う原発は軽水(=普通の水;水素は陽子+電子)炉、重水(水素は陽子+中性子+電子)炉いずれであれ(どちらも非放射性)、産物として放射性物質である三重水素(=トリチウム、半減期12.3年)を生み出さざるを得ない。

トリチウム水は軽水(普通の水)と同様の化学的動きを示すため、環境や生物体のなかで濃縮されないとされ、またβ崩壊の際の放出エネルギーがセシウムの1/100から1/1000程度と低いため、ICRPの係数は低い。このため自然界への放出が認められ!!、各国規制当局の裁量で排出限度が定められている。原発放水口の上限はイギリス、フランス4万Bq/L、日本、韓国も同様とされる。飲料水についても、例えばWHOの基準では1万Bq/Lであるが、白血病をはじめとした原発周囲での健康被害の中でイギリス、フランスは100Bq/L以下とされている。

トリチウム排出量の多い重水炉原発であるカナダのオンタリオ州原発周囲では早くから白血病や乳児死亡、ダウン症が問題となった。Zablotskaは2004年、カナダ原発労働者の白血病は尿トリチウムで有意に多いとした。上澤によると1991年、オンタリオ州ピッカリング原発周囲での乳児、周産期死亡の増加の報告があった。このような中でカナダでも飲料水中のトリチウムは7000Bq/Lまでであったが、闘争の中で100Bq/Lと制限されるようになった。

イ・ジンソプ氏裁判でトリチウムの被害が認められたことはこういった世界的な反原発闘争にとっても画期的な意味を持つ。1980年代小児白血病が問題となったイギリスの再処理工場セラフィールド周辺では、現在まで17回の白血病についての報告がある。2016年の第17回目のReportでは、1963-90にかけて、0-14歳の白血病は有意に多かったが、1991-2006にかけては有意でないという結果が広報された。カナダのオンタリオ州トリチウム被害に関しても、2013年、オンタリオ州当局は、原発周辺地域はがん発生が多く見えるが、特殊な分析を行うと否定されるという論文を発表した。

論議は続いているが、それだけにイ・ジンソプ氏裁判で公表されたデータは貴重であるし、国際「原子力村」からのデマに対しても正確に反論する国際連帯が重要と考える。

山本

【参考文献】
http://oklos-che.blogspot.com/2015/01/blog-post_5.html 韓国の原発裁判で勝利したイ・ジンソプさんの資料より
http://blog.livedoor.jp/hangyoreh/archives/1573946.html ハンギョレ・サランバン 2011年12月13日
章 大寧 南九州研報 2015
藤原 夏人 外国の立法 2012
Hyeong Sik Ahn NEJM 2017
平成28年度発電用原子炉等利用環境調査報告書 三菱総合研究所
Zablotska LB Rad. Research 2004
上澤千尋 岩波科学 2013
COMARE 17th report 2016
Wanigaratne S CDIC 2013