いちどくを この本『開けられたパンドラの箱ーやまゆり園障害者殺傷事件』(NEWS No.517 p07)

『開けられたパンドラの箱 やまゆり園障害者殺傷事件』
月刊『創』編集部編
創出版 1500円+税
2018年7月発行

2016年7月26日、相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」(以下、園)で元職員の植松聖被告(以下、被告)が障害者19人を殺害、27人を負傷させた事件は日本中を震撼させた。犯罪はなんらかの意味で社会への警告である。社会がどのように病んでいて、それを示した犯罪に私たちがどう対応して悲惨な犯罪を予防していくのかということが問われているはずだが、事件の風化が進み、精神障害者を含む障害者などの社会的少数者に対する差別排外主義がさらに高まっていることへの危機感から本書は出版された。
事件の真相究明のためには犯行動機の解明が最も重要だが、被告は犯行時と同じ主張を繰り返しており、真相究明はなかなか進まない。精神鑑定も現在進行中だが、現在までのところ通常の精神障害には該当しないが全く異常なしともいえないようだ。被告の考え方が「思想」なのか「妄想」なのかという点が事件を読み解く大きなカギになるが、仮に妄想だとしても、世界的に蔓延する排外主義を反映していると考えうる。
被告は独自の基準で意思疎通ができないとみなした者は生きる価値がない「心失者」として抹殺を正当化する。園が「隔離から共生へ」という流れに取り残された障害者施設だったこと、犠牲になった19人がいまでも匿名のままで、語るに足る人生がなかったものにされているという障害者差別の状況が被告の考えに反映しているのは間違いない。功利主義、新自由主義の行きつくところともいえる。それでも犯行に踏み切った動機にはまだ謎が残る。
被告を精神科医療に押し込んだ対応への疑問も大きい。被告は2016年の2月半ばに障害者抹殺の犯行を予告する手紙を衆院議長に届けているが、園側が問い詰めて被告が退職を表明した時点で警察が控えていてそのまま措置入院となったという、非常に乱暴な経過がある。いったん措置入院として処理されると治療中に精神障害でないとわかっても司法下での処遇に戻せない。退院が早かったとか被告が事前確認と異なり実家に戻らず関係者間の連携も不十分になったとかいう批判が出た。しかし、被告が犯行を決心したのが措置入院中だったことがわかっており、措置入院によるスティグマが犯行を後押しした可能性がある。措置入院させたことの妥当性も問われるべきだ。
障害者に対する社会的排除を容認する社会の構成員それぞれが、自分こそが排除された存在であると自認して差別を強化してしまう構造ができている。排除された者は孤立して、究極的には自殺か犯罪かに追いつめられる。人は生まれながらにして尊厳と権利は擁護されるべきであることを共通認識として、障害者も、社会に優勢な価値観から逸脱しているとみなされる人も排除されないような社会を、困難であっても私たちはつくっていかなければならない。死刑は最悪の排除手段だ。障害者だけでなく困難を抱えた人たちの尊厳と権利と生活を保障する社会システムの構築、必要な人的支援こそが求められる。本書は障害者自身の生きることへの思いも載せている。障害者差別や排外主義、精神科医療などの問題とぜひ向き合ってほしいと思う。ご一読を。
いわくら病院 梅田