臨床薬理研・懇話会1月例会報告 シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第44回(NEWS No.522 p02)

臨床薬理研・懇話会1月例会報告
シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第44回
レジストリーを基盤にしたランダム化臨床試験(RCT) その2

今回はRandomized clinical registry trialの具体例として、TASTEトライアルのプロトコール論文 (2010 )と報告論文 (2013) 、報告論文と同時に掲載された論説などをとりあげました。プロトコール論文 (Am Heart J 2010; 160: 1042-8)は、著者たちが “Randomized clinical registry trial” の用語を提起した論文で、症例登録、ランダム化、フォローアップのためのプラットフォームとして国レベルのオンラインレジストリーを用いる新たな手法を詳しく述べています。
報告論文 (NEJM 2013; 369: 1597-97, フリーアクセス)と関連論説 (NEJM 2013; 369: 1579-81)は、新薬開発のためのランダム化比較臨床試験(RCT)コストの高騰が問題になるなかで、1症例当たりのコストが50ドルという低価格が注目を集めました。日本でも2014年から国立高度専門医療研究センター(NC)において、疾患登録システム(レジストリー)の構築が開始されました。臨床開発環境整備推進会議がレジストリーを治験・臨床研究で最大限に活用するようクリニカルイノベーションネットワーク (CIN)構想を論議した際にも、このスウェーデンのTASTEトライアルを背景資料としてあげています。
ST上昇心筋梗塞 (STEMI) において、経皮的冠動脈インターベンション (PCI)に先立っての血栓吸引実施が、限られたエビデンスにかかわらずガイドラインで推奨されていました。TASTEトライアルは、この血栓吸引の有用性をハードエンドポイントである死亡に与える影響で評価した最大規模の前向き臨床試験です。それまでは、1施設でのランダム化比較試験 (TAPAS)が生存期間延長を示唆していました。
TASTEトライアルは、スウェーデンの血管造影・血管形成術レジストリー (SCAAR)ほかのナショナルレジストリーを症例記録、ランダム化、フォローアップのためのプラットフォームとして用いた、「多施設、前向きの、ランダム割り付けで比較する臨床オープンラベル試験」です。エンドポイントは遮蔽で評価しています。最初の PCI を経たSTEMI患者5000例を、通常のPCIのみを行う群と血栓吸引後にPCIを行う群にランダムに割り付けています。すべてのフォローアップはSCAARと他のナショナルレジストリーで行いました。プライマリーエンドポイントはPCIから30日後までの原因を問わないすべての死亡としました。
著者たちはこの試験について、血栓吸引は容易に速やかに行え、コストも比較的安い、そのため企業が大規模な臨床試験を行うインセンティブがない、しかし実地臨床上は重要なので scientific community として結論を出す責任があり行ったとしています。
研究コーディネーターが患者の適合性を確認した後、患者はTASTE試験についての標準的な口頭説明を受けました。患者が口頭で参加を受諾したなら、ランダム化がSCAARデータベース内でオンラインにより行われました。参加患者は24時間以内に書面で詳しい情報を受け、署名により参加確認がされました。social security numbersの利用でフォローアップは100%でした。結果はPCIの前に行うルーチンの血栓吸引は、PCI のみを行う場合と比較して、STEMI患者の30日後死亡に影響しませんでした(ハザード比 0.94, 95%信頼区間 0.72-1.22, P=0.63)。
論説はTASTE試験のコストは患者1人あたり50ドルと極めて安価で、Randomized Registry Trial は臨床研究における画期的なテクノロジー (The Next Disruptive Technology)としています。2015年のNature Review Cardiology誌の論説 (perspectives) (12; 312-6)も Randomized Registry Trialの前向きの長所は、臨床レジストリーの大規模なall-comersの強さと結合することができるところにあり、新しい臨床試験パラダイムとして、研究を効率的にそしてcost-effectively に行う力強いツールと信じると述べています。

Randomized Registry Trialの手順は、1) レジストリーに登録された患者をスクリーニングし、組入れ基準に合致する患者を選択、2) 患者から同意を得た後、比較しようとする治療群にランダムに割り付け、3) 治療開始後のデータ収集はレジストリーに記録されるデータだけを用います。そのRCT に特有なデータの収集や、そのRCTに特有のフォローなどは行いません。
このことからRandomized Registry Trialの特徴は、レジストリーデータの品質への依存性が非常に高いことにあると考えます。
製薬協医薬品評価委員会データサイエンス部会/ ファイザー社の小宮山靖は、Randomized Registry Trial について、実施が難しい領域でも恐ろしく早く、恐ろしく安いことを特徴にあげ、ただし承認申請に使うとなると安全性データが十分に収集できないかもしれない。重要な有害事象に的を絞りながらEDC (Electric Data Capture : 治験データの電子化システム) などで収集の補強を考えなければいけないかもしれない、と述べています。また、「日本 Registry の課題」として、「1) 乱立状態にあり、みんなバラバラにやっている感がある? 新手の“箱もの行政”みたいなことになっていないか? CINはどの程度2次利用を考えた設計をしているか? 、2) 治療の価値の研究に使える主要な Outcome や、これに影響を与える可能性が高いデータが収集されているのか? これが満たされていなければ、Registry-based clinical trialなんて夢物語」と述べています。
Randomized Registry Trialは注目すべき臨床試験のテクノロジーですが、日本ではRegistryの質の向上が先決で「使えるRegistry」になる必要があるということのようです。

薬剤師 寺岡章雄