臨床薬理研・懇話会3月例会報告 シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第46回(NEWS No.524 p02)

臨床薬理研・懇話会3月例会報告
シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第46回
RCTで背景因子に偏りを生じた際の考え方と対応
(αトコフェロールとアルツハイマー病の文献事例から)

ロスマンのEpidemiology An Introduction(2nd edition, Oxford University Press2012) (邦題: ロスマンの疫学 科学的思考への誘い 第2版 篠原出版新社2013)は、疫学の良く知られた教科書である。今回はこの本の「臨床現場における疫学」の章で「交絡の不均衡」のタイトルで「事例」としてあげられている文献をとりあげた。Sano M et al. A controlled trial of selegiline, alpha-tocopherol, or both as treatment for Alzheimer’s disease. NEJM 1997; 336: 1216-22.

1. 「ロスマンの疫学」から

治療学で最も厄介な問題は、適応による交絡 (異なる治療を受けた患者の予後がもともと異なっていることから生じるバイアス)である。RCTの重要性は有効に交絡を制御できることにある。それでも生じたベースラインの不均等を評価するのに統計学的有意差検定を用いるのは適切でない。粗の効果指標と、考えられる交絡因子を制御した後の指標とを、単に比較して両方の結果の違いを評価すべきである。
今回の事例ではαトコフェロール(Vitamin E: VE)に割り付けられた群はプラセボ群よりも認知機能がベースラインで低かった。ベースラインでのMMSE(数値が高いと認知機能が良い)の違いを補正すれば、VEの死亡、施設収容、重症認知症の発生を低下させる効果はもっと良くなると予想され、実際そのようになった(プラセボ群と比較してのVE群のリスク比は、調整前は0.7であったが調整後は0.47となった)。原論文の著者や編集者への手紙を寄せた批判者は検定での有意差の有無にこだわりすぎており、交絡を除去する解析を行いその結果を重視すべきである。

2. NEJM誌文献

VEはフリーラジカルを捕捉し、脳における脂質過酸化とニューロンの変性を妨げ、アルツハイマー病の治療に好結果をもたらすことが期待される。これまでの研究は認知障害に焦点があてられていたが、われわれの研究は機能損失に焦点をあてた。中等度のアルツハイマー病患者にVE 1日2000国際単位、セレルギン(モノアミン酸化酵素阻害剤)1日10mg、両剤併用、プラセボを2年間投与し、死亡、施設収容、重症認知症発生に対する効果をみた。ランダムに割り付けたがプラセボ群のMMSEは他の3群よりも高かった。調整しない分析ではアウトカムに有意な差はなかった。MMSEのベースラインスコアで補正をすれば、プラセボ群 (中間値440日)と比較して、他の3つの群はいずれもプライマリーアウトカムの出現までの時間を遅らせた (VE 670日; P=0.0001、セレルギン655日; P=0.012、併用群585日; P=0.049)。アルツハイマー病の中等度機能障害の患者において、VEまたはセレルギンは疾患の進行を遅らせることが示された。認知テストのスコアはどの群においても改善はみられなかった。
プラセボ群と比較しての治療群の相対リスクは Cox モデルから導いたリスク比を使用して測定した。多重比較での有意レベルは Holmの方法で調整した。[多重比較において多重性の調整をしないと統計的言い過ぎ(第1種の過誤αの増大)が生じ、科学的な証拠立てにならない。一方多重性の調整をすると個々の仮説については有意水準が厳しくなるので、有意になりにくくなり結論が出しにくいということになる(第2種の過誤ベータの増大)。言い過ぎを抑えながら、かつ検出力も高くするにはどうすればよいか、ということでTukey法(すべての処理群の対比較に関心)、Dunnet法(今回のように対照群との比較に関心)などの古典的な同時比較法に代わって逐次的な方法(sequential procedure)が考案された。1976年に閉じた検定手順あるいは閉手順(closed testing procedure; CTP)として知られる画期的な逐次的多重検定法が開発された。比較をあらかじめ順序付け、その順序で検定を行い、有意になった場合にのみ次の段階に進む。この方法は検定全体としての有意水準は水準αに制御し、同時手順よりも検出力が高まるのが特徴である。この方法は強力で、古典的な多重比較から適応型デザイン(adaptive design)に至るまで様々な応用がなされている。Holm法は、古典的なBonferroni法を改良した修正Bonferroni法で、閉手順として最もよく知られている方法である]
安全性データでは、転倒がVE群でフラセボ群4例に対し12例でみられた。4群比較では、歯の治療に至ったイベント(P=0.023)、転倒(P=0.005)、一過性意識消失 (P=0.031)が有意であった。他の有害事象の頻度は4群で変わらなかった。治療中断に至った有害事象はなかった。バイタルサイン、体重変化、臨床検査値も同様であった。治療群の死亡は10.3%でこれまでのアルツハイマー患者コホートと変わらず、死亡の原因も治療に特異的なものはなかった。
我々の患者は他の臨床試験で記載されているよりも重症度が高く、またわれわれの観察期間は長く、多くの患者が2年間のテストを終了していない。
なお、著者たちは編集者への手紙に対するコメントで「VEはサプリメントからも摂取されるので厄介である。認知の劣化が遅れるかのエビデンスを決定するには、それらのリスクをもつ(at risk)高齢者患者での二重遮蔽ランダム化試験を行う必要性を主張したい」と述べている。

3. コクランライブラリー VEとアルツハイマー認知症・MCI

2017年8月に「VEとアルツハイマー認知症・軽度認知障害 (MCI)」のシステマティックレビューがまとめられている。最初2000年に出版され、2006年と2012年に更新されている。「現在、MCIとアルツハイマー病による認知障害には有効な治療がないためレビューは重要」と記載している。inclusion criteria に合うものは4つ、われわれのプロトコールに合致するのは2つしかなかった。ひとつはアルツハイマー病集団 (n=304)、ひとつはMCI集団 (n=304)で、2つとも総じてバイアスのリスクがある。指標が違うのでデータのプールはできなかった、としている。結論は「αトコフェロール型(form)のVEがMCI患者の認知症進展を防ぎ、MCI患者の認知機能を改善またはアルツハイマー病による認知症を改善するとのエビデンスは見いだせなかった。しかしながら、アルツハイマー病患者の機能低下を遅らせるかもしれないという中程度の質のエビデンスが1つの研究であった(今回の論文が該当)。VEは重篤な有害事象や死亡増加のリスクとはつながっていない。この結論はこれまでの研究の数や参加者数が少ないため、変わる可能性がある。今後の研究が結果を左右すると思われる (further research is quite likely to affect the results)」である。

薬剤師 寺岡章雄