文献紹介(NEWS No.524 p05)

医問研ニュース読者からの情報提供で知り得た文献です。本年3月14日、名古屋市立大学は2件の論文をプレス・リリース(記者発表)しました。論文の筆頭著者はいずれも名古屋市大大学院システム自然科学研究科 村瀬 香 准教授です。

昨年5月「Urology」(泌尿器科学ジャーナル)に掲載された「福島原発事故後の停留精巣の全国的増加」(以下、論文A)および、プレス・リリースの前日「Journal of the American Heart Association(アメリカ心臓協会誌)」に掲載された「福島原発事故後の複雑心奇形の全国的増加」(以下、論文B)と題する論文です。心臓病学と泌尿器科学において影響力の大きい専門誌に掲載され得たことは、福島原発事故による人体への障害性を世界的な議論にする上で注目すべき事柄です。

論文Aの「プレスリリース」では、「停留精巣は出生前に診断することができず、それを理由とする中絶は発生しません」また「頻度の高い先天性奇形の一つであり、一回の手術治療で根治しうるため、その手術件数は先天性疾患に対する原発事故の影響を評価するのに望ましい性質を備えています」「35県94病院における2010-2015年度の手術退院件数データを用いて解析を行なったところ、全年齢層における停留精巣の手術件数は、震災後に13.5%(95%信頼区間:4.7%-23.0%)有意に増加していました」と報告されています。

<生殖腺の精巣(睾丸とも呼ぶ)は胎児の腹腔内に発生しますが、成長とともにソケイ部(脚の付け根部分)を通り出生時には陰嚢の中に降りています。「停留精巣」は陰嚢の中に精巣が降りていない状態ですが、そのままでは精子の形成が損なわれるため、生後6ヶ月頃までの自然下降のない場合には1歳頃までに手術を施行します。>

論文Bはネット上に公開されています。
研究に至った経過を要約して紹介します。

・チェルノブイリ原発事故後に先天性心疾患(以下、CHDs:Congenital Heart Diseases)の増加を報告した論文はありますが、研究の方法論的な詳細が欠けているという理由で積極的には容認されていません。
・2011年の大惨事以後の日本の状況ですが、福島県が始めた福島健康管理調査は妊娠・出産に関しては、日本の他の地域での最近の一般標準と比べても変化はないと報告していました。
・しかし大惨事による影響について、近隣県を含む全国的な傾向は調査されず、また避難者も充分には調査されていないため、県による調査はインパクトを軽く評価した可能性があります。
・その上、論文Aが示す調査結果が明らかとなったため、著者らは「CHDsにも同じような傾向があるのではないか?」と考えて、日本胸部外科学会が集計しているデータに注目しました。
・日本胸部外科学会は2011年の大惨事以前から日本でのCHDのほぼ全ての疾患種類別手術件数を登録していました。この登録方法によって、大惨事とCHDの型(種類)との関連を調べることが出来ました。
・心臓発生の早期に、不完全さを生じるとCHDsは複雑で重篤なものとなり困難な手術治療が必要となる傾向があります。したがって著者らは、CHDsを複雑性と非複雑性に分けて手術件数の変化を調査しました。

「プレスリリース」では、「解析の結果、乳児(1歳未満児)に対する複雑心奇形の手術件数は、原発事故後におよそ14.2%(95%信頼区間:9.3%-19.4%)の有意な増加が認められ、調査終了時の2014年まで高い水準が維持されていました」との報告です。

著者らは調査の限界として、次の3点を挙げています。①有意な増加は疾患の発生率でなく、手術件数にて評価されていること(複雑なCHDsはしばしば生後1年以内に多種多様な手術を要するので、手術件数の増加がCHDs発生率の増加より高くなる)②著者らが解析したデータには、地域情報(手術が行われた所)と個々人の被ばくレベルについての資料が欠けていること③胸部外科学会のデータは年に一度の集計なので、手術件数が増加し始めた時点を特定出来なかったこと。

「しかし、(CHDsの)発生率のある程度、有意な増加は依然として考えられ得る」と著者らは「結論」で控えめに述べていますが、その限界性にも関わらず、原発事故後に重症心奇形が増加していることは明らかで、その原因は原発事故以外は考えにくく、論文Aとともに、放射線が原因の形成異常の増加を示しており、流産や周産期死亡の増加を支持するデータです。  

小児科医 伊集院