臨床薬理研・懇話会5月例会報告 シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第47回(NEWS No.526 p02)

臨床薬理研・懇話会5月例会報告
シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第47回
観察(測定)されていない交絡因子によるバイアスに「操作変数」を用いて対処

ランダム化比較臨床試験 (RCT) は、測定されていない交絡因子を調整する最良の方法です。観察研究の解析で良く用いられる手法である傾向スコアなどは、測定されている交絡因子には対処できますが、測定されていない交絡因子に関しては無力です。

操作変数(Instrumental Variables)法は、測定されていない交絡因子によるバイアスに対処する方法です。なお、測定されていない交絡因子に関しても対処できる方法論は、RCT、操作変数法、回帰分断デザインの3つだけです。そのような貴重な方法ではありますが、この方法には、以下のいくつかの仮定があることに注意が必要です。

1) Exclusion restriction: 操作変数が直接アウトカムに影響を与えることはなく、操作変数は治療因子を通してしかアウトカムに影響を与えない。
2) No instrument-outcome confounder: 操作変数とアウトカムの両方に影響を与える「共通の原因 ( Common cause) 」が存在しない。
3) Instrument relevance (操作変数の関連性): 操作変数はきちんと治療因子に影響を与える (操作変数が治療因子を強く予測する)。
4) Monotonicity: 治療変数が治療効果に逆効果になる人たち (Defiersと呼ばれる人たち) がいない。

操作変数はある種の患者を異なったグループに効果的にランダマイズする因子です。特異的な仮定のもとで測定されていない交絡が存在していても、バイアスのない推定を与えます。治療(曝露)因子の規定因子ではあるものの、アウトカムには治療因子を通してしか与えないものを操作変数と呼びます。この操作変数を利用することで、治療因子のアウトカムへの影響を評価する方法が操作変数法です。医学の領域では、心血管カテーテルのできる病院から自宅までの距離などが操作変数として用いられています。
病院からの距離が近いほど心血管カテーテルを受ける確率が高くなります。一方で、病院からの距離は少なくとも直接的には心筋梗塞患者の予後に関係しません。これらの仮定が成り立てば、病院からの距離を操作変数とすることで、心血管カテーテルの患者の死亡率への影響を評価できます。操作変数法を用いることで、測定された交絡因子と測定されていない交絡因子の両方に対応したことになります。患者の居住地域のほか、患者が入院した日の曜日(週末は手術が少ない)、医師の処方の好みなどが操作変数として用いられてきました。

例会ではJAMA誌オンライン2019年5月2日「JAMA統計学手法ガイド」にあげられていた操作変数法を用いた原著論文をとりあげました。(股関節骨折後のそれに続いて起こる非脊椎骨骨折の予防と、骨粗しょう症薬使用の関連; 操作変数解析(Desai RJ et al. JAMA Network Open 2018; 1(3): e180826)。
股関節骨折 (hip fracture)患者において、それに続いて起こる骨折予防のための骨粗しょう症薬投与を始める頻度はどれくらいか、またその有効性はどれくらいか、を調べました。なお、最初の骨粗しょう症性骨折のあと、患者の15-25%が10年以内に再度の骨折を起こすことがわかっています。
その結果、股関節骨折患者97169名でのこのコホート研究において、2004年には9.8%で骨粗しょう症薬投与が行われていたが、2015年には3.3%に低下しました。測定した交絡因子、測定していない交絡因子を調整後に、骨粗しょう症薬投与の開始はその後の骨折を4.2 events /100 person-years 予防しました。
操作変数としては、1) カレンダーイヤー(暦年)、2) スペシャリストアクセス、3) 処方を受けた地域、4)治療を受けた病院 の4つを用いています。治療を受けた病院の操作変数は、他の3つの操作変数よりも治療との強い関連(pseudo R2=0.20)を示しています。著者たちは、多変数回帰分析や1対1傾向スコアマッチングの標準的アプローチは、測定されていない交絡のため過小推定の可能性があるとしています。

康永秀生氏(東京大学臨床疫学)は、日本においても操作変数法は近年少しずつ応用されつつあると述べています。そしてたこつぼ心筋症に対する早期β遮断剤の使用が、死亡率の低下と関連するかどうかを調べた、筆者たちの研究を紹介しています。(たこつぼ心筋症患者における早期のβ遮断剤使用と入院中死亡Heart 2016 ; 102 : 1029-35) 。
全国のDPCデータベースを用いて、2010年から2014年の間に急性期病院に入院した20歳以上の患者を特定し、入院1-2日目にβ遮断剤治療を開始した患者とβ遮断剤を投与しなかった患者の間で、30日以内の死亡率を比較しました。統計解析は傾向スコア・マッチングと操作変数法の両方を実施しました。
適格患者2672例(早期β遮断剤群423例、対照群2249例)から。1対4の傾向スコア・マッチングにより、2110例の患者(早期β遮断剤群4220例、対照群1688例)を抽出しました。操作変数法では、「施設ごとのβ遮断剤使用率」を操作変数としました。その結果、傾向スコア・マッチングと操作変数法の群間で、アウトカムに有意差を認めませんでした。(下表)

康永氏は、傾向スコア分析と比較して操作分析法が優れているとは確立していないので、傾向スコア分析と操作変数法の両方を行って、結果が同じ方向であることを確認することにより、結果の頑健(robustness) を示す、といった使用方法を推奨しています。

薬剤師 寺岡章雄