臨床薬理研・懇話会8月例会報告 特別報告 ポリファーマシー:薬のベネフィット・リスクの見極めを(NEWS No.529 p02)

編集部より:ポリファーマシー、とりわけ高齢者での多剤併用問題について、やっと医療界などでも解決の機運がでてきました。日本医師会の「超高齢社会におけるかかりつけ医のための適正処方の手引き」での「安全な薬物療法」などはその象徴でしょう。厚生労働省も「高齢者の医薬品適正使用の指針」を出し、「高齢者医薬品適正使用検討会」で審議が進んでいます。このほど、厚生労働省が先の「高齢者の医薬品適正 使用の指針(総論編)」1918年5月に次いで、「高齢者の医薬品適正使用の指針(各論編(療養環境別」を出さしましたが、この指針をまとめられた「高齢者医薬品適正使用検討会」に委員として関与された北澤さんに例会で報告していただくことになりました。例会でご報告いただいた北澤さん、企画提案された寺岡さんにも感謝申し上げます。

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特別報告
ポリファーマシー:薬のベネフィット・リスクの見極めを

患者の高齢化に伴い、数年前からポリファーマシーの問題がクローズアップされている(表)。厚労省の「高齢者の医薬品適正使用の指針(総論編)」(以下、総論編と略)では、多剤併用により薬物有害事象が増える、薬を飲み間違える、服薬アドヒアランスが低下するといった何らかの弊害につながる状態をポリファーマシーと定義しているが、文献的には「5種類以上の薬を毎日飲んでいる」状態をポリファーマシーということが多い(Masnoon N, et al. BMC Geriatrics. 2017; 17: 230. )。その場合、日本では、65~74歳の約3割、75歳以上の約4割がポリファーマシーということになる。

表 日本における「ポリファーマシー」関連の主なできごと

2012 徳田安春編著『提言―日本のポリファーマシー 』(カイ書林)出版
2015 国立病院機構栃木医療センターで「ポリファーマシー外来 」スタート
2015 日本老年医学会編『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015 』」(メジカルビュー社)出版
2016 診療報酬改定で「薬剤総合評価調整加算」(入院)「薬剤総合評価調整管理料」(外来)新設
2017 厚労省に「高齢者医薬品適正使用検討会 」設置
2018 厚労省「高齢者の医薬品適正使用の指針(総論編) 」通知発出
2019 厚労省「高齢者の医薬品適正使用の指針(各論編(療養環境別)) 」通知発出

総論編によれば、高齢患者がポリファーマシーに至る理由には大きく分けて2つある。1つは、いろいろな病気にかかっているために複数の医療機関・診療科を受診し、それぞれで薬が処方されるため、合計すると薬の数が増えてしまうこと。もう1つは、ある薬で(副作用等の)問題が生じた場合に、その対策として別の薬が処方され、そのこと自体が別の問題を生じさせて、さらに別の薬が処方されるという悪循環(処方カスケード)だ。つまり、患者がどの薬をどれだけ飲んでいるのか、全体を把握・管理できていないことがポリファーマシーを生んでいるといえる。

そのため、ポリファーマシーの解消策として、「かかりつけ医」や「かかりつけ薬局・薬剤師」による一元的な管理が期待されている。だが現実は、かかりつけ医は他科の医師(その分野の専門医であることも多い)の処方に手を付けにくいし、薬剤師も明らかな問題(併用禁忌の薬が処方されているなど)がなければ疑義照会しにくい。8月の例会で紹介された、7種類以上の内服薬が処方されていた152症例を対象とする調査によれば、診療報酬が減算されることがわかっているにもかかわらず、約7割が処方を継続し、薬の中止や減薬は皆無だった(田中章慈ら.日本臨床内科医会会誌. 2019; 33: 523-8.)。

実は、医療従事者が薬を減らさなくても、患者は「飲み残し」という形で薬を減らしている。NPO法人高齢社会をよくする患者の会が行った調査(n=5145)によると、処方された薬を「飲み残さない」人は半数以下(42.3%)で、「たまに飲み残しがある」(40.0%)、「飲み残しが多い」(4.0%)、「意識的に飲み残して溜めている」(1.5%)、「意識的に飲み残して捨てている」(1.4%)だった(高齢社会をよくする女性の会. 高齢者の服薬に関する現状と意識(2017)http://wabas.sakura.ne.jp/research/image/2017.12.22.厚労省向けPPt.pdf)。だが、こうした患者の「飲み残し」が、医療従事者に正確に伝わっているとは考えにくい。

患者に薬のベネフィット(有効性)とリスク(安全性に加えて利便性、経済性等も)の両面をきちんと伝えた上で、医療従事者と相談しながら、ベネフィットよりむしろリスクが大きい薬を見直すことはできないものか。その助けになりそうな情報源が「ファクト・ボックス」だ。ドイツのHarding Center for Risk Literacyが提供するファクト・ボックス集
(https://www.harding-center.mpg.de/en/fact-boxes)では、「心血管疾患の予防目的のスタチン」や「風邪に対する抗菌薬」について、臨床研究に結果に基づいて、薬のベネフィットとリスクが比較可能な形式で記載されている(徳田安春. 統計が教える本当に価値ある「検診&薬」. 文藝春秋. 2019年10月号 )。

徳田氏はこの論文で「ファクト・ボックスを見て、がん検診や抗生物質、スタチンといった医療行為によってもたらされる効果が、私たちが思うほど大きくないことがご理解いただけたのではないでしょうか」と述べているが、まったく同感だ。薬の実力(ファクト)に真摯に向き合うことが、ポリファーマシー解消に向けた第一歩ではないかと思う。

北澤京子(医療ジャーナリスト、京都薬科大学客員教授)

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解説
ポリファーマシー(多剤併用)解消のために

2019年9月、中央社会保険医療協議会 (中医協)総会で、「医薬品の効率的かつ有効・安全な使用」が論議されています。この焦点となっているのが「ポリファーマシー」対策です。

ポリファーマシーとは
「ポリファーマシー」はpoly(多くの)とpharmacyを組み合わせた国際的な用語で、「多剤併用」と訳されます。 pharmacyには「薬局」や「薬学」の意味のほかに、drug therapy(薬物治療)の意味などがあります。Polypharmacyの定義についてのシステマティック(網羅的)レビューの論文(Masnoon N at al. BMC Geriatrics 2017;17:230)は、薬剤数で定義し5剤以上としているものが多いと述べるとともに、しかし薬剤数だけで適切か不適切かは決められず害が便益を上回っているかの視点が必要で、それらを含め国際的に一致した定義が求められていると述べています。
厚生労働省は、 2018年5月に発表した「高齢者の医薬品適正使用の指針 (総論編)」において、「多剤併用」と「ポリファーマシー」の言葉を使い分け、高齢者の薬物有害事象の増加には多くの要因が関わるが、加齢変化(薬物動態/薬力学)と多剤服用が2大要因であり、多剤服用の中でも害をなすものを特に「ポリファーマシー」としています。

日本でのポリファーマシーの状況
先の厚労省の指針は、「高齢者では生活習慣病などと老年症候群が重責し、治療薬や症状を緩和するための薬物の処方が増加し、多剤併用になりやすい傾向がある」として、全国の保険薬局での処方調査結果を示し、「75歳以上の約1/4が7種類以上、4割が5種類以上の薬剤を処方されている」としています。
そしてポリファーマシーが形成される典型的な例として、①新たな病状が加わる度に医療機関または診療科を「複数受診」していると、それぞれ2、3剤の処方でも足し算的に服用薬が積み重なる、②新たな病状を薬物有害事象と気づかず薬剤で治療する「処方カスケード」(カスケードは滝の意味)と呼ばれる悪循環に陥る、をあげています。筆者はこれに、高齢者は加齢により複数の疾患をもつ状況になりやすく、それを「疾患別縦割りガイドライン」で治療すると、ポリファーマシーがたやすく形成される、を加えたいと考えます。
一方、患者サイドではNPO法人高齢社会をよくする女性の会による65歳以上の高齢者5,145人を対象とした2017年の調査では、1か月に処方された副用薬は5~6種類が14.6%、7種類以上が8.6%でした。調剤薬の飲み残しについては「飲み残さない」は半数以下(42.3%)であり、「たまに飲み残しがある」が39.6%、「飲み残しが多い」が4.0%、「意識的に飲み残して溜める」が1.5%、「意識的に飲み残して捨てる」が1.4%でした。

ポリファーマシー解消の過程(厚生労働省指針)
先の厚労省の指針では、ポリファーマシーの形成と解消の過程について、医療関係者間の連携や患者啓発の必要性を重視するとともに、典型的な複数受診と処方カスケードによるポリファーマシーの解消は、 ①かかりつけ医による薬剤処方状況の把握と、 ②薬局による調剤と医薬品情報の一元管理にとりわけ期待しています。
厚労省は、薬剤処方見直しの基本的な考え方として、薬物有害事象の回避を目的とした場合、各薬剤の再考のポイントとして、 ① 予防薬のエビデンスは高齢者でも妥当か、② 対症療法は有効か、薬物療法以外の手段はないか、③ 治療の優先順位に沿った治療方針か、などをあげています。また、薬剤を中止する場合には少しずつ慎重に行うなどに留意すること、生活習慣関連疾患では適切な運動や塩分制限など非薬物療法を重視すべきことなどを述べています。

ポリファーマシー解消には複合的な取り組みが必要
ポリファーマシーには、医師など医療関係者の意識、患者の意識、医療保険制度の仕組みや疾患治療ガイドラインの仕組みなど多くの絡みがあり、その解消は重要ですが難しい課題です。複合的な取り組みが必要ですが、厚労省指針での指摘に加え、重要と考える点について記します。

1. 疾患別縦割り医療ガイドラインとポリファーマシー
高齢者は加齢に伴い複数の慢性疾患を持つ状況になりやすくなります(多併存疾患: multimorbidity)。そのため、疾患別ガイドラインによって治療すると、薬剤数が相加的に増えポリファーマシーの状態に陥ります。また「高血圧治療ガイドライン2019」のように、一つの疾患治療ガイドラインだけでも、血圧低下の目標を達成しようとすると多数の降圧剤の併用が必要となり、ポリファーマシーが増します。「全人的医療」という言葉がありますが、個別的疾患志向の治療でなく高齢者の全体的な身体状況、生活環境などに配慮した包括的医療が求められます。

2. 薬物治療依存からの脱却
副作用のない医薬品は存在しません。多くの薬剤が,それも全体的な使用状況の把握も困難ななかで用いられれば,健康被害が生じるのは当然のことです。医薬品には常に「病態との関係で必要最小限に用いる」という使い方が必要です。

3. 医師は他の医師の処方を変えることが難しい
これも重視する必要のある現実です。診療報酬では7種類以上の内服薬投与に際し処方料ならびに薬剤料の減算が定められるなど、薬剤数削減への方向付けが明確になりました。それでもなお、減算覚悟でポリファーマシー処方が維持されているという現実が日本臨床内科医会会誌2019;33(5): 523-8に報告されています。2015年1月~2017年4月末までの期間に病院専門診療科から医会会員が所属する医療機関に紹介・逆紹介のあった、7種類以上の内服薬が処方されているポリファーマシー症例についての調査です。152例が集積され、これらはすべて現行の診療報酬における多剤投与減算規定に該当しました。しかし、「ポリファーマシーへの対応は」という問いかけに対し、105例(69.0%)では減算覚悟で専門診療科からの処方を継続すると答えており、中止や減薬するという回答は皆無でした。

4.薬剤師の処方監査が機能していない
2019年2月、京都市内のクリニックの医師が処方内容を別人のものと取り違えて発行し、間違った処方せんをうけた薬局の薬剤師も十分な疑義照会をせず、ほぼそのままの内容で調剤し、最終的に82歳の男性患者が死亡するという医療・調剤過誤がありました。発行された処方せんの内容はインスリン注2剤を含む20剤、本来の処方もインスリン注1剤を含む15剤のポリファーマシーでした。薬剤師はこれまでの処方と違うことに気付いたのですが、付き添いの家族に急かされて疑義照会を十分にしないまま調剤し、薬剤を交付したのです(医薬経済2019年7月15日号)。クリニック・医師および薬局・薬剤師の責任は免れませんが、 15~20剤ものポリファーマシーの処方監査が難しいことをも示しています。
ポリファーマシーの是正を図るとともに、医薬分業でありながら、薬剤師の処方監査が機能していない実態があり、次の是正・改善が必要です。
1) 医師と薬剤師の立場が対等でない
日本は任意分業であり、医師は「自分で調剤する」か「院外薬局に処方せんを出す」かいつでも自由に決められます。疑義照会は薬剤師法には書かれているが医師法には書かれておらず、その結果医師は医学教育の中で疑義照会について教育されません。医師と薬剤師は対等の立場になく、処方監査の制度として不十分です。
2) 薬剤師に臨床薬剤師としての知識・能力が乏しい
薬剤師は「薬の専門家」から「薬の責任者」であれと言われるようになりました。薬学教育が2006年に6年制となって久しいが、臨床薬剤師として医師と対等に向かい合うには厳しい実情があります。

5. 出来高払いの診療報酬がポリファーマシー是正にマイナスに作用する
出来高払いの制度から包括いわゆるマルメの制度適用になり、高齢者のポリファーマシーを減薬できるだけ減薬したら、高齢患者が見違えるほど元気になったという現実があります。出来高払いによる影響も少なくないことは認識しておく必要があります。
公費100%になると取り扱いに厳密さや公正さが失われる現象もあり、モラルハザードと言われる現実を軽視しない対処が必要です。宝塚市立病院薬剤部、宝塚市、近畿大学薬学部の研究グループが、国民健康保険の宝塚市在住患者(74歳以下)の調剤レセプトデータを調査し、内服剤が28日以上処方された患者を抽出、6剤以上の多剤併用に関係する因子をロジスティック回帰分析で解析したところ、「複数の病院・診療所の受診」と並んで、「公費扱い」の因子が多剤併用を大幅に促進するリスクになることが分りました(薬事日報2019年7月12日号)。

6. 患者リテラシーの向上が必要
リテラシーとは、読み書きの能力です。医療の主体は患者であり、患者が医療の内容を正しく理解して対応することが求められます。薬剤師などの医療従事者は専門的知識の理解などに関し、患者の力になることができます。患者が医療を賢く選ぶ Choosing Wisely の運動では、患者の医師に対する質問を勧めています。患者からの質問は、医療者と患者が対話するきっかけとなります。患者が不要な害を被ることなく、薬物療法による利益を得られることが、患者・医療者双方にとってのChoosing Wiselyになります(北澤.Yakugaku
Zasshi2019; 139:575-8)。
なお、社会レベルでは、米国の消費者運動はパブリックシティズンヘルスリサーチグループとしばしば共同声明を出すなど、医薬品も積極的に運動対象としていますが、日本の消費者運動が医薬品を対象とした例はほとんどなく、改善が望まれます。

7. ポリファーマシーのスクリーニングツールの活用
ポリファーマシーの評価・介入において重要な概念として、PIMsとPPOsがあります。
① PIMs: potentially inappropriate medication (潜在的不適切処方)  薬害有害事象を起こす可能性が高い薬剤、高齢者に対する不適切な使用の可能性がある医薬品。
② PPOs: potentially prescribing omissions (潜在的過小処方) 本来必要な薬剤が処方されていない。処方の適正化を意識するうえでPIMs と同様に重要。
PIMsやPPOsを同定するスクリーニングツール・クライテリアとして、米国のBeer’s Criteria、欧州の STOP/START criteriaが知られています。日本では、日本老年医学会が「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」を出版しています。矢吹(日本内科学会雑誌2019; 108(5): 971-7)は、一方で、処方されている各薬剤の適切性について、項目ごとにスコアをつけて評価するタイプも存在し(Hanlon、 Medication Appropriateness Index: MAI)、患者の個別性を意識し、それぞれの薬剤の適切性の程度を把握できる利点があると述べています。他の手法にScottらのDescribingがあり、不適切な可能性がある薬剤の処方を中止する手順です。
現状では処方調整について決定的な効果が証明されたものはないため、これらの方法でスクリーニングし、患者個々の状況で調整していくのが適切と思われます。

薬剤師 寺岡章雄