臨床薬理研・懇話会10月例会報告
シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第51回
SSRIセルトラリンとうつ病・不安障害症状の治療
今回は、 SSRIセルトラリンが、「真性」のうつ病に対してはあまり効果を示さず、不安障害の症状には投与後早期に改善を示したと言う、Lancet Psychiatryの文献を取り上げます。筆者たちは、セルトラリンに代表されるSSRIは世界的に最も多く処方される抗うつ薬でありながら、われわれ医療者はその臨床効果については十分な知識を得ていない、SSRIの薬理作用と臨床効果には見直しが必要と述べています。
またこの臨床試験で報告されているSSRIセルトラリンの有害事象はあまりに少なく、この点でpragmatic RCTと銘打たれているこの臨床試験の問題点も、注意して見ていきます。
Lewis Gほか(ロンドン大学). The clinical effectiveness of sertraline in primary care and the role of depression severity and duration (PANDA): a pragmatic, double-blind, placebo-controlled randomised trial. Lancet Psychiatry online. Sept19, 2019. (フリーオープンアクセス)
なお、セルトラリン(ファイザー)の英国での効能効果は、major depressive episode(DSM-精神疾患の分類と診断の手引、米国精神医学会-の精神障害の「大うつ病性障害」)、パニック障害、強迫性障害、社交不安障害、外傷後ストレス障害(PTSD)です。日本での効能効果は、うつ病、うつ状態、パニック障害/外傷後ストレス障害で、「うつ状態」が入っています。
トライアルは英国の4都市の179プライマリケアクリニックで行われ、日常的にSSRIが処方される患者を対象としました。プライマリーアウトカムはランダム割り付け6週後の患者健康質問票9 (PHQ—9)スコアによるうつ症状です。セカンダリーアウトカムは2、6、12週におけるうつ症状と寛解 (remission)( PHQ—9とBeck Depression Inventory-Ⅱ)、全般性不安症状、精神および身体健康関連QOL、自己申告改善でした。2015年1月1日から2017年8月31日までに、655例の患者を326例のセルトラリン、329例のプラセボに割り付けました。プライマリーアウトカム対象は550例 (セルトラリン266例、プラセボ284例)でした。この臨床試験は、英国National Institute for Health Research (NIHR )の資金によるもので、著者たちは製薬企業の資金によらない研究と強調しています。
この論文の結果は、
1) SSRIはうつ病 (major depressive episode) にほとんど効果がない (6週では効果がない。12週では弱い効果を示す)
2) 抑うつ症状よりも不安症状に対して早い効果がある (不安症状、QOL関連の精神症状、自己申告に基づくメンタルヘルスは6週で効果を示す。しかしQOL関連の身体症状は12週でも改善しない)
3) 有害事象は、7個(セルトラリン4、プラセボ3)で、両群で変わらなかった。1個のseriousな有害事象がセルトラリンに関係していた
と要約されます。
著者たちは、「抑うつは通常プライマリケアで管理される。しかしほとんどの抗うつ剤の臨床試験はセカンダリーケア・メンタルヘルスサービスの患者で行われ、受け入れ基準は抑うつ症状の診断と重症度に基づいたものである。現在抗うつ剤は過去のレギュラトリートライアルよりも広い範囲の患者に用いられる。われわれはセルトラリンの臨床効果を軽症から重症の範囲にわたるプライマリケアで検討した。また治療反応における重症度と持続の役割を検討した」と述べています。
結果について著者たちは、「セルトラリンはプライマリケアで6週以内にうつ症状を減じなかった。しかし不安、QOL、自己申告メンタルヘルスが観察され、臨床的に重要な所見であった。われわれの所見はSSRI抗うつ剤のこれまで考えられていたよりも広範な患者グループへの処方を支持するものであった。これらの患者にはうつ病 (depression)または全般性不安障害 (generalized anxiety disorder) の診断基準に該当しない軽症 から中等度の症状をもつ患者が含まれていた」としています。
SSRIは有害事象が問題となったパキシル (パロキセチン)と同じなかまの薬剤です。それにもかかわらず、この臨床試験の有害事象が非常に少ないのがまず気になりました。それでこの臨床試験の登録先が「EudraCT2013-003440-22」と明記されていますので見てみました。驚いたことは、scope of the trial (試験の範囲)が「Safety: No, Efficacy: Yes」となっていることです。おそらく研究者たちは、有効性への関心のみで、安全性には関心がないということを示しているのでないかと思われます。しかし、安全性に関心のない医薬品評価の臨床試験があり得るのだろうかと思いました。ロンドン大学の研究者たちによるNIHRが資金を出している臨床試験なので唖然としました。
一方、有効性に関する試験結果は、筆者には比較的妥当な成績のようにも思われました。 SSRIは「セロトニン仮説」という製薬会社の販売戦略のもとで大々的に売り出された経緯があります。しかしこの仮説に該当する症例は一部の症例にとどまるのでないかと考えられ、今回のSSRIの「真性」のうつ病に対する低い有効性は現実を反映した数字とも考えられます。
不安障害に対する早い時期からの有効性も、今後のさらなる研究が必要ですが、あり得ることとも考えます。しかし、不安障害症状にSSRIを用いるのが適当か、安全性問題を含めて慎重な検討が必要と思われます。
著者たちが強調している「SSRIは不安、メンタルな面での生活の質、精神衛生に関する患者の自己評価に対し、臨床的に意味のある効果を示す」、「われわれの所見はSSRI抗うつ剤のこれまで考えられていたよりも広範な患者グループへの処方を支持する」、「SSRIの効能については評価し直す必要がある」といった主張は、SSRIの販路をさらに広げたい製薬企業に都合のよい結果として利用されないかの懸念があります。今後の慎重な検討が望まれます。
全体討論では、「うつ病」と「不安障害」の違いが分かりにくい、質的に違ったものなのだろうかとの疑問・感想が出されました。うつ病患者の約半数が不安障害の症状を示すとの文献もあります。一般人のみならず医師など専門家の間でも、抑うつ障害と不安障害とは並べてセットとしている感じもあります。
どのような抑うつ症状や不安障害症状にはSSRIを用いるのが適当か、あるいは不適当かなど、今後の課題が大きい印象を受けました。例会後、グーグルや医中誌で検索してみましたが、若干これに近いかとも思われた Williams LMの Depress Anxiety 2017; 34(1): 9-24 の neural circuit dysfunction に基づいた分類の試みの文献程度しか容易には見つけられませんでした。
なお、例会当日の参加の方から、うつ病でのセロトニンやSSRIの位置づけ、「うつ」についての新しい考え方などを知るうえで次の書籍が参考になるとのご紹介がありました。
エドワード・ブルモア著、藤井良江訳「「うつ」は炎症で起きる」草思社2019. 1600円+税
薬剤師 寺岡章雄