臨床薬理研・懇話会11月例会報告(NEWS No.532 p02)

臨床薬理研・懇話会11月例会報告
シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第52回
DOACs の安全性有効性(1)  APS (抗リン脂質抗体症候群)におけるDOACs使用

2019年6月、英国医薬品庁 (MHRA) は、直接作用型経口抗凝固剤 (DOACs) が、血液凝固のリスクを増加させる自己免疫疾患APS (抗リン脂質抗体症候群、APS患者は長期間ワルファリンのような抗凝固剤使用が必要) 患者において再発性血栓イベントのリスクを増加させることを警告し、APS患者に推奨されず、ワルファリンなどのビタミンK拮抗剤への変更を考慮すべきとしました。

WHO Pharmaceuticals Newsletter 2019 No.4がこれをとりあげています。
欧州医薬品庁 (EMA)の医薬品監視リスク評価委員会 (PRAC) も2019年5月、DOACs の製造販売企業が製品概要 (SPC) を改訂し、これらを医療従事者に伝えることを求めました。
しかし日本ではNIHS (国立医薬品食品衛生研究所)医薬品安全性情報を例外として、これらが十分に伝えられトピックとなっていないようにみえます。

今回はMHRAが引用している主要文献であるリバーロキサバン (イグザレルト)のTRAPS試験の文献をとりあげます(Blood 2018;132:1365-71)。MHRAは他のDOACsもAPSの患者では同様の傾向を示しているとしています。なお、DOACsには第Xa因子阻害剤 (-xaban) であるrivaroxaban, apixaban, edoxabanと、直接トロンビン阻害剤である dabigatran があります。
また直近の2019年10月15日、Annals of Internal Medicine誌電子版に、リバーロキサバンが同じくAPSでワルファリンとの非劣性試験に失敗したとの臨床論文とこれにリンクした論評が掲載されました。これらについても要旨を紹介します。なお、APSは、抗リン脂質抗体 (aPL)と呼ばれる自己抗体が産生され、動脈血栓症、静脈血栓症、習慣性流産などを引き起こす自己免疫疾患です。APSの約半数が全身性エリテマトーデス (SLE) を合併しているといわれます。血栓形成の機序は完全にはわかっていない指定難病です。再発率が高く、慢性期の2次予防が重要です。APSの臨床症状に対しては、抗血栓療法が主体となっています。

1. Blood誌リバーロキサバンTRAPS試験論文 (イタリア、Pengo V et al)
TRAPS: Trial on Rivaroxaban in AntiPhospholipid Syndrome

この論文の「キーポイント」として、1) DOACsは最近、抗リン脂質抗体が存在するかしないかに関わらず、血栓塞栓症の患者に用いられている、2) このトライアルは、APSの患者において、リバーロキサバンがワルファリンと比較してイベントの割合が増加することを示す、があげられています。

3種類の抗リン脂質抗体(ループス抗凝固因子、抗カルジオリピン抗体、抗β2糖たんぱく質Ⅰ抗体)が陽性 (三重陽性) で、動脈か静脈の血栓症(肉眼的/顕微鏡的いずれか)の既往のあるようなハイリスクのAPS患者を対象として、リバーロキサバン(R)の有効性と安全性をワルファリン(W)と比較しました。エンドポイント判定を遮蔽したランダム化オープンラベル(いわゆるPROBE法)による多施設非劣性試験です。Rは1日20mg (腎臓機能低下例には1日15mgに減量)をW (INR目標2.5)と比較しました。抗凝固剤に追加してのアスピリン使用は研究者の裁量に委ねられました。主要アウトカムは、血栓塞栓イベント、大出血、血管関連死亡発現率の合計 (cumulative incidence)です。大出血の診断は公刊されているガイドラインにより、血管関連死亡の診断は臨床的レポートまたは剖検レポートと死亡診断書によりました。なお、この試験のR群の治療アドヒアランス (患者が治療方針の決定に賛同し積極的に治療を受けることを指す言葉) は96%、W群の 至適濃度範囲内にある時間(time in therapeutic range: TTR) は67% でした。

試験は、途中でR群に過剰にイベントが起こったことで中断されました(120例[R群59例、W群61例])がランダム割り付けされた時点)。R群では11イベント(19%)、W群では2イベント (3%)でした。血栓塞栓イベントはR群が7例 (12%、脳梗塞が4例、心筋梗塞が3例)でしたが、W群では1例もありませんでした。大出血は、R群4例 (7%)、W群2例 (3%)の計6例にみられました。死亡例は報告されていません。このように、APSの高リスク患者におけるリバーロキサバン使用は、ワルファリンに比しイベント増加をもたらし、便益がなくリスク過剰を示しました。
この結果に対する著者たちの考察は以下のとおりです:リバーロキサバンの失敗の原因はよくわかっていない。アドヒアランスの悪さや血中濃度の低値、ワルファリンとの作用機序の違いなどがこれまでに指摘されている。今回は、残薬確認などからアドヒアランスは良好であった。リバーロキサバンの濃度が最適でなかったことが血栓塞栓の原因となった可能性がある。リバーロキサバン濃度の個人差が大きく、患者によって適切な濃度になっていない可能性もある。リバーロキサバンとワルファリンの薬理作用の違いは、我々の結果の一部を説明していると考える。リバーロキサバンと比較してワルファリンの薬理効果は広範囲にわたり、この広い薬理作用は重要である。

2. Ann Intern Med online 2019.10.15 論文と、エディトーリアル

APSにおけるリバーロキサバン(R) vs ワルファリン(W)のランダム化非劣性トライアル。論文著者は Ordi-Ros たち (スペイン)、エディトーリアルは、Wahl Dたち (フランス)。
APSと診断され、動脈か静脈のどちらかに血液凝固があったことが記録されている18歳以上の成人190例が対象、割り付けた治療は3年間継続されました。必要があれば患者はアスピリン、ハイドロキシクロロキン、免疫抑制剤の接取を許されました。主要有効性アウトカムは、新たに血栓イベントを起こした患者の割合、主要安全性アウトカムは大出血で、非劣性マージンは1.40と設定されました。

結果は、Rは非劣性の証明に失敗しました。血栓再発はR群の11例 (11.6%)、W群の6例(6.3%)、リスク比 1.83、 95%信頼区間 0.71-4.76。脳卒中は、R群9例対W群0例、修正リスク比19.00、1.12-321.9。大出血はR群6.3%対W群7.4%、でした。

エディトーリアルは、「APS患者におけるDOACs: 早いか遅いか?」のタイトルです。このように、DOACsをハイリスクのAPS患者に処方すべきでないというデータは出揃っているとし、今後のリサーチとしては、1) DOACs治療が可能なAPS患者の低リスクサブセットはあるか。そのような患者のプロフィルはレジストリーを通して得られるかもしれない、2) そうした患者での有効性安全性は注意深くデザインし行われるランダム化試験で確認されるであろう、としています。

当日のディスカッションでは、浜六郎さんから、同様の傾向にある日本とポーランドの直近の報告が紹介されました。日本の研究(Sato T et al. Lupus 2019)は、北海道大学病院リウマチ学で行われた単一施設後ろ向きコホート研究で、1990年4月から2018年3月の期間にAPSと診断された連続した患者コホート206例が対象です。第Xa因子阻害剤で治療した患者がコホートから抽出され、同じコホート内の傾向スコアがマッチしたW治療患者と比較されました。主要エンドポイントは、5年間の血栓・出血イベントのない生存(無イベント生存期間)で、第Xa因子阻害剤(Xaban群)群がW群よりも無イベント生存期間が有意に短かったと報告されました。TRAPS研究の対象は抗体が3重陽性のハイリスク患者でしたが、この研究では3重陽性以外の患者でもイベントのない生存が短い結果でした。重篤な出血について両群は同等と報告されています。ポーランドの研究 (Malec K et al. Lupus 2019)は、DOACs投与群82例とそれにマッチしたW投与群94例を中央値で51か月間比較したコホート研究で、DOACsに血栓塞栓再発リスクと静脈血栓塞栓再発リスクの増加とともに、大出血と臨床的に重要な大出血以外の出血(CRNMB)リスクでも増加がみられています。
これらはAPS患者に対し相性の悪い限定的な結果で、DOACsの臨床評価に大きな影響を与えるものでないとの説明が欧米でされているようです。果たしてそうなのだろうかということが議論となりました。筆者には、DOACs が「検査モニタリングのいらない経口抗凝固剤」をセールスポイントとしている中で、Blood誌論文が、今回の結果の考えられる原因として血中のDOACs濃度(個人差が大きいことも含めて)の
問題や薬理作用の幅がワルファリンよりも狭いことを挙げており、これらはAPSに限定された関係のものでなく、APS患者だけのことではないという気がします。
DOACsは広範囲に使われている薬剤です。次回例会も「DOACs の安全性有効性(2)」として、DOACsの85歳以上の高齢心房細動患者への使用の安全性有効性について確認したとする直近の観察研究論文をとりあげます。なお、「くすりのチェック」誌が、ガイドライン批判シリーズの一環として、「心房細動治療(薬物)ガイドライン」をとりあげ、DOACsを俎上に載せる予定と聞いています。期待したいと思います。

薬剤師 寺岡章雄