臨床薬理研・懇話会12月例会報告(NEWS No.533 p02)

臨床薬理研・懇話会12月例会報告
シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第53回

DOACの安全性有効性(2) 85歳以上の心房細動患者への使用

安全性有効性を確認したというイタリアの観察研究論文 (フリーオープンアクセス)です。

Poli D et al. Oral anticoagulation in very elderly patients with atrial fibrillation: Results from the prospective multicenter START2-REGISTER study. PLoS One 2019; 14(5): e0216831.

抗凝固剤レジストリ調査に参加した85歳以上の心房細動患者で前向きのコホート研究を行い、ワルファリンまたはDOACが投与された患者を長期間フォローアップして、死亡、出血、血栓の発生率を比較しました。2012年1月から2018年4月のデータで、抗凝固治療の全般的な (overall) 安全性有効性が確認され、DOAC患者は死亡率が低く、出血リスクは同じで、脳血栓イベントリスクは高いとの結論です。

統計手法では、DOAC、ワルファリンの死亡、血栓性アクシデント、大出血に対するインパクトを推定するために、比例ハザード性の仮定をチェックした後、Cox回帰モデルを用いて生存分析がされています。Cox回帰モデルなど多変量回帰分析の手法は、複数の説明変数それぞれと被説明変数との関連を明らかにするために、臨床研究でよく用いる手法です。被説明変数が連続変量の場合は重回帰、2値変数の場合はロジスティック回帰、打ち切り例のある2値変数の場合は Cox 回帰が用いられます。生存分析では、患者が研究に組み入れられアウトカム (イベント、エンドポイントともいう) が発生することなく追跡できている時間を生存時間と考えます。通常は1種類のイベントを想定しており、2つ以上は競合リスクモデルを用います。今回の研究では、血栓アクシデント、大出血のハザードを調べるために、死亡は競合リスクとして扱われています。

観察研究では、各患者を治療Aまたは治療Bにランダムに割り当てていなく交絡が大きな問題で、統計手法で交絡を調整します。傾向スコア・マッチングは最もよく使われる手法です。傾向スコアとは2つの治療が存在するとき各患者に一方の治療が選択される確率で0~1の値をとり、1に近い患者ほど治療Aを受けやすいとみなします。測定されている交絡についてバランスをとりますが未測定交絡の調整はできません。傾向スコアが2つの治療をうまく識別できているか確認が必要で、c-統計量を計算します。0.5から1.0までの値をとり、0.5の時は識別力なし、1.0が完全識別です。この傾向スコア・マッチングと併せよく行われるのが、各患者が治療を受ける確率の逆数 (inverse probability of treatment weighted:  IPTW) を用いて重みづけを行い、A、B両治療群間で患者背景が均一化された集団を作成する手法です。今回の研究では、補正しないKaplan Meier 生存曲線とIPで重みづけしたそれとの比較がされています。

成績は、1124例の患者中、660例がワルファリン (58.7%)、464例がDOAC(41.3%)を投与され、2037人年フォローアップされました。フォローアップ で失われたのは26例のみでした。ワルファリンを投与された患者はすべて抗凝固剤未治療の患者で、一方DOACを投与された患者の30.6%はワルファリン治療を経験していました。ワルファリン投与患者での中央値TTR (治療に必要な濃度が保たれている時間) は70% でした。患者背景はワルファリン患者で冠動脈疾患と腎不全の有病率が高く、またDOAC患者で出血履歴と脳卒中/TIA(一過性虚血発作)の履歴が高いことを除けば同じでした。CHA2DS2VASC(脳卒中)とHAS-BLEリスクスコア(出血)の中央値は2群で同じでした。フォローアップ の期間中、47の大出血 (発生率は2.3×100人年) と19の脳卒中/TIA (0.9×100人年) が記録されました。出血の発生率 (incidence) は両群で同じでした。DOAC患者は投与中に血栓イベントをより高率に示しました (発生率はそれぞれ1.84と0.5)。死亡率はDOACに比しワルファリンが高率でした (ハザード比0.64、95%信頼区間0.46-0.91)。

論文の評価については、全体的に必要なデータが提供されていないため分析に困難があります。

1. 患者背景

1) 腎不全患者の割合が、ワルファリン群では24.7%、ナイーブDOAC群では10.3%、全DOAC群では8.6%とあまりにも違い過ぎワルファリン群に不利。著者たちは、2012年ESC(欧州循環器学会)ガイドラインの影響としているが、統計的手法で補正するには大きすぎるのでないか

2) 冠動脈疾患の割合もワルファリン群では22.3%、ナイーブDOAC群では13.7%、全DOAC群では13.6%とかなり違いが大きい (脳卒中と出血の履歴はDOAC群が多い)

3) 観察期間中央値もワルファリン群では31.8か月、ナイーブDOAC群では16.5か月、全DOAC群では16.0か月とかなり違う。人年で補正され得ることか

2. 解析結果に見られる矛盾

1) 出血発生は両群で変わらなく、血栓イベント発生はDOAC群が有意に高いが、総死亡はワルファリン群が有意に高いという矛盾した結果。出血による死亡12例がどちらの群かの記載が無いよう

2) ワルファリン群に死亡が多いことについて、競合リスク解析では死亡と、冠動脈疾患、腎不全、COPD、フレイリティ (脆弱)が有意に関係している (p6、S1 File Table C)。このうち、冠動脈疾患、腎不全は背景因子でワルファリン群が顕著に多い項目と一致する

3) Fig1に、補正しないKaplan Meier 生存曲線と傾向スコアで重みづけして補正したそれが掲載されており瓜2つである。これはあり得るか。また単変量解析のハザード比と多変量解析で補正したハザード比が同じでは、補正の意味がないのでないか

ディスカッションでは、浜六郎さんから観察研究論文評価の際に欠かせないこととして次のアドバイスをいただきました。

1) 生命予後に大きく影響する因子に偏りがある場合、その因子の重症度(ない、中等度、高度)で層別して予後を示している場合は結果を信頼できるが、まるごと解析した結果だけを示している場合には信頼できず、その結果は採用しない

2) ただし、今回の場合のように、出血性・血栓性イベントには直接的に大きくは影響しない場合は採用する(腎障害や冠血管イベントがあることは血栓症を起こしやすかった結果である可能性はあるが、それとは逆にDOAC群で血栓性イベントが多かったので採用する)

薬剤師 寺岡章雄