文献紹介 乳がん検診のコクランレビュー(NEWS No.535 p08)

前号では、文献「bmj.h6080 (前号を参照下さい)」の引用文献であった2014年Swiss Medical Board(スイス医療委員会)から出された「マンモグラフィーによる乳がん検診は推奨しない」との勧告を紹介しました。

「bmj.h6080」には、乳がん検診について「今までのところ、60万人以上が調査されたが、マンモグラフィー検診によって総死亡率が減少したという証拠はないことを、女性たちに伝えられるべきだ」との記述がありました。

この部分の引用文献はコクラン・データベース・システマティック レビューで2013年6月オンライン上に公表された「Screening for breast cancer with mammography :マンモグラフィーによる乳がん検診 (CD001877で検索可能)」で、スイス医療委員会勧告の根拠文献でもありました。

「コクラン」とは、その当時「コクラン共同計画(Cochrane Collaboration)」の略称でしたが、その名称は、英国の医師Archie Cochrane (1909-1988)に由来します。詳細は、2018年の医問研ニュース第517、519号に掲載された林 敬次氏による記事を参照して下さい。

その記事の中で「システマティック レビュー」については「臨床的に意義のあるテーマで、英語論文だけでなく世界中でなされた臨床研究を集めて評価し」「それらを統合して、現状での結論を出し、今後の研究方向も示します」との説明があります。

今回、「60万人以上を対象とした調査とは?」との思いでネット検索してみました。出現したのは、PDF版70ページの文献で、参考文献一覧は20ページにわたっており、「システマティック レビュー」の重みに圧倒されました。「とてもじゃないけど、グーグル翻訳を利用しても私の力では及ばない!」と痛感しましたが、気持ちを立て直して少しだけ紹介します。

調査の背景としては「乳がんに対するマンモグラフィー検診の利点と害について様々な評価が公表されてきており、国家レベルの政策も一様ではない」ことがあり、調査目的として「死亡率と罹患率に対するマンモグラフィー検診の効果を評価すること」とありました。

乳がんの診断を受けたことがない女性を、マンモグラフィー検診群と検診を受けない群とに不作為に分けて(ランダム化して)、乳がん死亡率・全てのがん死亡率・全ての原因による死亡率を調査するランダム化比較試験(RCT)を文献の選択基準としたとありますが、過剰診断や検診の他の害に関する研究についての文献も論説対象になっています。故に、乳がんの検診・治療全体に対してのEBMを目指した取り組みと思われました。

文献検索は、2012年11月22日までのPubMed(パブメド: 医学・生物学関連の学術文献検索サイト )及びWHOのICTRP(国際臨床試験登録プラットフォーム)を利用して行われました。参考文献一覧表に掲載された膨大な文献から、上記の基準に合致する臨床試験が検討され、その結果、北米とヨーロッパで施行され、60万人の女性(39~74歳)を対象とする7件の大規模臨床試験が評価対象とされたと考えました。

対象となった臨床試験については、それぞれ研究方法、参加者の年齢・人数、マンモグラフィーのやり方や検診スケジュール、最終的な調査目的そして研究結果に偏りを及ぼす事項に対する評価などが一覧表で提示されています。その上で、得られたデータの統計分析結果を21項目ごとに図示されており膨大な労力を感じます。

このような調査・研究に基づいて以下のような結果が述べられているのでは?と考えました。

  • 検診に対するひいき目から偏りが生じ、主には死亡原因を差別的に誤分類するため、乳がん死亡率は信頼できる結果ではない(死亡原因を乳がん以外に求めること)
  • 10年後での乳がんを含む全てのがん死亡率に対する検診効果は見出されていない
  • 13年後での全ての原因による死亡率(総死亡率)に対する検診効果も見出されていない
  • 検診は乳がん死亡率を減少させない
  • 検診は過剰診断をもたらす

このレビューの筆頭著者はPeter Gotzsche氏でした。先述したニュース第517、519号にも書かれていますが、同氏はHPVワクチンのレビューを不十分なものと、製薬企業の不正を批判したことにより、コクランから除名された方でした。

マンモグラフィー検診について、こんな大きな業績を残されたのにと残念に思うと同時に、コクランの今後を憂います。

(追記)  Gotzsche氏とコクランについては、「薬のチェック TIP」第80号で、浜 六郎 先生も経緯を詳しく書かれていますので、ご参照ください。

伊集院