臨床薬理研・懇話会3月例会報告(NEWS No.536 p02)

臨床薬理研・懇話会3月例会報告
シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第56回
抗うつ剤サブグループの大うつ病(MDD) への反応性

51回でSSRIセルトラリンが「真性」の大うつ病に対してはあまり効果を示さず、不安障害の症状には投与後早期に改善を示したという Lancet Psychiatry 2019の文献をとりあげました。

JAMA  Psychiatry 電子版2020.2.19 に「抗うつ剤に対する反応の個体差: プラセボ対照ランダム化臨床試験のメタアナリシス」の論文と、関連論評「これは大うつ病に対するここ何十年かのより個別化した治療をめざす研究を経て、われわれが立つところなのか?」が掲載されたのでとりあげました。筆頭著者はカナダ・トロント、依存精神衛生センターのMaslei MM氏、2人目にあげられている共著者は京都大学公衆衛生大学院(SPH)健康増進・行動学の古川壽亮 (としあき) 氏 で、「エビデンス精神医療: EBPの基礎から臨床まで」(2000年)の著作があります。

「大うつ病」 (major depressive disorder; MDD) は、情動 、認知 、身体および行動症状によって特徴づけられる、よくみられる (common) 不均質な (heterogenous) 精神衛生状態 /精神の健康状態(mental health condition) です。なお大うつ病(MDD)は、米国精神医学会が発行し世界標準規格とされるDSM (精神障害の診断と統計マニュアル )診断体系による診断名です。WHOによる ICD (国際疾病分類)-10ではうつ病エピソードと反復性うつ病性障害にほぼ該当します。大うつ病というのは気分変調症を小うつ病として別に分類するための概念と考えられます。ほぼ日本の従来診断でのうつ病ともみられますが、メランコリー親和型性格という特徴的な性格傾向をもつ人にみられる古典的なうつ病を中核に、神経症的要因が主なもの、状況反応性のものを含むと理解されています。内因・心因・状況因などを考慮に入れずに症状と経過によって定義する操作的診断基準であるのがDSM体系で、症状による分類のため、DSM診断は均質性が保証されません。

大うつ病が単一の疾患でないことは多くの臨床家が感じていますが、何十年もの努力にかかわらず、さらにサブグループに明確に分類する試みはうまくいっていません。

抗うつ剤は抑うつ (depression) に対する第一線介入 (the first-line intervention) ですが、その有効性 (efficacy) にはばらつきがあります。多くの患者は治療で寛解 (remission) を経験しますが、患者の50%以上がほんのわずかの寛解しか経験しなく、悪くなる人もいる実情があります。そしてさまざまな抗うつ剤がどのように症状に効果的に対応するかも明確になっていません。これらはいまなお精神医学が直面する薬物療法の大きな課題ともなっています。

今回の論文の著者たちは、これまで得られている大うつ病を対象としたプラセボ (擬薬) コントロール二重遮蔽ランダム化比較試験を総合分析し、1) 抗うつ剤投与群(全体) とプラセボ群との間に大うつ病でのそれらの反応に変動性/ばらつき (variability) の違いがあるか、平たく言えば抗うつ剤(全体)の効果はあるか、2) あるとして各種抗うつ剤の変動性/ばらつきには違いがあるか、つまり各種抗うつ剤の効き方に違いがあるか、調べました。併せて、変動性/ばらつきが大うつ病の重症度 (severity) と関連するかを評価しました。

用いたデータは大うつ病をもった成人における、既承認抗うつ剤での急性治療についての最近のネットワーク・メタアナリシス (この方法については45回例会報告をご参照ください) からのものです。抗うつ剤とプラセボに対する変動係数 (coefficients of variation) を算出し、抗うつ剤とプラセボとのアウトカムの変動性を比較するために、それらの割合 (ratios) を計算しました。割合は、プラセボよりも抗うつ剤に対する反応がより変動すると予想してランダム効果モデルにとりこみました。なお、メタアナリシスで用いられる重みづけ平均の手法には固定効果モデルとランダム効果モデルの2つがあります。真実の効果が単一であると考えられる場合は固定効果モデルを用い、真実の結果が複数存在すると考えられる場合にはランダム効果モデルが用いられます。各研究が均一であれば、両者の結果はほぼ同じになりますが、不均一の場合には、ランダム効果モデルの信頼区間は広くなる傾向があります。

解析は抑うつ (depression) のベースライン重症度、抗うつ剤クラス (選択的セロトニン再取込み阻害剤SSRI: シタロプラム (citalopram)、エスシタロプラム (escitalopram)、フルオキセチン、フルボキサミン、パロキセチン、セルトラリン、ビラゾドン; セロトニン・ノルアドレナリン再取込み阻害剤SNRI: デスベンラファキシン、ベンラファキシン; ノルアドレナリン・ドパミン再取り込み阻害剤: ブプロピオン; ノルアドレナリン作動剤 (NAs): アミトリプチリン、レボキセチン; その他の抗うつ剤: アゴメラチン、ミルタザビン、トラゾドン)、で層別化して繰り返されました。

結果は 87の適合したランダム化プラセボコントロール臨床試験 (17540例の参加者 unique participants) において、プラセボに対する反応よりも抗うつ剤に対する反応に、有意に多くの変動性/ばらつきがありました ( 変動割合の係数 coefficients of variation ratio 1.14; 95%信頼区間 1.11-1.17; p<.001)。抑うつ(depression)のベースライン重症度は抗大うつ病に反応する変動性/ばらつきを加減しませんでした (did not moderate) 。SSRIに反応する変動性はノルアドレナリン作動性薬剤に反応する変動性/ばらつきよりも低く ( 変動割合の係数 0.88; 95%信頼区間 0.80-0.97; p=.01)、他の抗うつ剤に反応する変動性/ばらつきはノルアドレナリン作動性薬剤に反応する変動性/ばらつきよりも低い結果でした  ( 変動割合の係数 0.87; 95%信頼区間 0.79-0.97; p=.001)。

このように、主要解析はプラセボと比較して抗うつ剤に対する反応に14%のより多くの変動性/ばらつきがあり、抗うつ剤(全体)が有効なことが示されました。ベースラインの抑うつの重症度は変動性/ばらつきに影響しませんでした。2次解析は、抗うつ剤のクラスは反応の変動性/ばらつきに有意に影響しませんでした。しかし、SSRIはシナプスのノルアドレナリン (synaptic norepinephrine) に影響する薬剤 (NAs, NDRIs, SNRIs) よりも有効性が低いことが示唆され、著者たちはこれらノルアドレナリンに関連する性質の抗うつ剤をグルーピンクして解析を繰り返しました。グルーピングによりこの抗うつ剤クラスの反応変動性(反応のばらつき)は有意に大きくなり、セロトニンのみをターゲットとするSSRIなど他のクラスの抗うつ剤よりもより有効性が高い結果でした。著者たちは、プラセボと比較して抗うつ剤に対する反応における変動性/ばらつきが増加することを確認し、さらにこれまで特異的な抗うつ剤に対する反応に関係する因子を同定する努力が成功していない中で著者たちの所見はこの方面での研究の前進のための励みになると述べています。

併せて掲載された論説は、Maslej たちのメタ解析論文の所見は大うつ病と診断されるひとのなかに臨床的に意味のある不均質性が存在することを示すエビデンスを提供するとともに、将来の個々の患者へのより良い抗うつ剤の選択治療の可能性を開いた意義が大きいと述べています。

日本のガイドラインなどで、SSRIはすでに抗不安剤としても第一選択剤となっているようです。SSRIには攻撃性を高めることが知られてきているなどの問題点があります。抗うつ剤・抗不安剤については、その使用の適正化に関連して、今後も新たな文献に注意して取り上げてゆきたいと考えています。

薬剤師 寺岡章雄