文献紹介(NEWS No.536 p08)

がん検診を受ける目的は、「がんで死亡するリスクを減らすこと」にあると考えられます。昨年11月以来紹介しています文献(bmj.h6080で検索可能)では、がん検診に関する「大多数の調査では、検診のターゲットになっている当該のがん死亡率が減少しているにもかかわらず、総死亡率(全ての原因による死亡率)は不変、あるいは増加している」と述べています。何故、この様な現象が生じるのでしょうか?

その原因として以下の点が挙げられています。第一に、調査研究では僅かな総死亡率の改善を見つけようとする力が削がれているかも知れない。第二に、当該のがん死亡率の減少が、検診に引き続く影響(更なる精密検査や加療など⦅筆者の追記⦆)による死亡(off-target deaths)により相殺されうる。

「off-target deaths」は、偽陽性結果・有害でないがんの過剰診断・付随的な所見でのがん発覚などをもたらすがん検診で特に起こりえる。

そのようながん検診の例として、PSA(Prostate Specific Antigen:前立腺特異抗原)検査による前立腺がん検診が挙げられています。

PSA検査結果をもとに施行される「前立腺生検には、入院や死亡を含む重篤な有害事象(harms)を伴っている」「その上、前立腺がんの診断を受けた男性はその後、心臓発作を呈したり、自殺したり、或いは、症状を引き起こすことのないがんに対しての治療の合併症のために死亡することなどが生じやすくなっている」ことの根拠として引用された文献の一つを、部分的ですが紹介します。

「Mortality at 120 days after prostatic biopsy:A population-based study of 22,175 men (前立腺生検後120日での死亡率:22,175人の男性を母集団とする調査) がんコントロールを目的とする国際団体が発行する学術雑誌International Journal of Cancer:123(2008年)に公表された論文です。

前立腺がん(Prostate cancer :P Ca)は、北米・米国で最も一般的な男性の悪性腫瘍の一つで、経直腸的な超音波(trans-rectal ultrasound:TRUS)ガイド下で行われる前立腺生検は、PCaリスクのある患者では基礎的な診断手技です。TRUS生検の実施適応は過去20年間で大幅に拡大しました。直腸指診で異常のない男性が、PSA検査のだんだん低くなる基準値で、ますます多くTRUS生検を受けており、その結果が、より明白な数の合併症でありえるでしょう。

感染性合併症が最も一般的であり、敗血症性ショックや、他の生命を脅かす合併症をもたらす可能性があります。重篤な出血、恥骨の骨髄炎、膿瘍形成、心内膜炎、多剤耐性菌感染、敗血症や敗血症性ショックの実例が報告されています。これらの合併症は稀ですが、それにもかかわらず生検に関連した死亡に帰着する可能性があります。

著者らの知る限りでは、個別の症例報告を除いて、TRUSでの前立腺生検後の死亡率を扱った大規模な分析が以前にはありませんでした。この欠如に対処するために、著者らは人口集団を基礎にした調査研究を実施しました。

「Quebec Health Plan(ケベック保健計画)」はケベック州だけに限られた保険企業であり、そのデータベースにより、「Plan」の対象となる全ての保健サービスを確認でき、その中には前立腺生検が含まれます。

また患者それぞれのCharlson comorbidity index scores (チャールソン併存疾患指数スコア:複数の合併症がある場合、病状の見通しを点数化して表したもの)を明らかにすることもできます。

そのデータベースから、1989年から2000年の間に前立腺生検を受けた男性を特定し、その中から調査可能であった22,175人の男性を対象としています。各人のデータには、生検時の年齢、生検回数、生検後120日間での身体状況、そしてCharlson comorbidity index scoresが含まれています。120日間の終了日以前に前立腺がんの治療を受けた患者はいませんでした。

比較のために、前立腺生検を受けていない65歳から85歳(平均71歳、中央値69歳)の男性1,778人を対照群(コントロール群)としています。コントロール群は1989年から1995年の間に「Health Plan」に登録されました。120日間のフォローアップは登録日を起点としています。

120日間で、前立腺生検を受けた22,175人(調査対象群)のうち279人が死亡した結果、総死亡率は1.3%でしたが、コントロール群では1,778人のうち、6人が死亡、総死亡率0.3%(p<0.001)でした。66歳から85歳の5歳毎の層別死亡率は、生検を受けた対象群では0.6~4.4%であったのに対し、コントロール群では0.2~0.8%でした。

この両群の違いは、チャールソン指数による併存症のない男性および85歳以下の男性に限って分析した場合にも認められました。

また生検後120日での死亡リスクは、年齢とチャールソン併存症指数とともに増加していました。

伊集院