アビガン「5月中承認」成らず─コロナ感染症緊急事態で問われる新薬・ワクチンの承認とEBM(NEWS No.538 p02)

新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) が市民の生命と生活を脅かす、これまで経験したことのない緊急事態となっています。この中でCOVID-19治療剤について、安倍首相は2020年5月4日に国産の抗ウイルス剤アビガン (一般名ファビピラビル)の「今月中の承認をめざしたい」と宣言しました。またCOVID-19予防ワクチンについて、厚生労働省が東京五輪・パラリンピックの開催前の2021年前半から接種が可能となる体制作りをめざすことを6月はじめの国会で明らかにし、安倍首相は6月15日「年末にはワクチン接種できるかも」と前のめりの発言をしています。

抗ウイルス剤アビガン

アビガンは2014年3月に抗インフルエンザ剤として承認されました。承認薬といっても有効性と安全性が確認されて承認された医薬品ではありません。毒性が強く顕著な催奇性があり、動物試験での無毒性量がヒト臨床用量以下 (ラット、イヌ)、ないし1.2倍程度(サル) 、死亡が臨床用量の1.2倍 (ラット)、3.1倍 (イヌ)で認められており、臨床応用の危険性が示されています。有効性ではタミフルとの比較で非劣性が示せなかったばかりか、プラセボと比較した堅固な有効性の証明にも失敗しました。普通であれば承認などありえないところでしたが、備蓄用の医薬品として、一般に流通させないことを前提にして、異例の手続で承認された「医薬品」です。それがCOVID-19に対する治療剤として科学的根拠のない過剰な期待を集めています。

安倍首相は2020年3月7日、アビガンを臨床試験でなく「観察研究」の仕組みの中で希望する患者への使用を可能とすると述べました。5月4日、「薬事承認を5月中にはしたい」として、企業の臨床試験が進んでいないため、一般の企業治験とは違う形の承認手続きを急ぐよう厚生労働省に指示しました。

このような科学を無視した政府とそれに追従する厚生労働省の動きに対し、広範な人々から批判が寄せられました。5月1日薬害オンブズパースン会議は、医薬品の有効性安全性は対照群を置いたRCTでないとわからないため、アビガンの臨床試験以外の使用 (「観察研究」として行われている適応外使用)や承認申請された場合の対応については、慎重に行うことを求める意見書を厚生労働省に提出しました。

2020年5月12日厚生労働省は、薬機法では申請前に治験による有効性確認は必須ではないとして、COVID-19に対する医薬品の承認審査について企業治験が完遂できてなくとも、観察研究などのデータで補完し承認につなげられるという、医薬品審査管理課長・医療機器審査管理課長連名の2課長通知を発出しました。公的な研究で一定の有効性安全性が確認されている場合は、申請添付資料に臨床試験のデータの添付を必要としないとしています。国会で厚生労働大臣はこれらの規定はCOVID-19ワクチンにも適用されると答弁しています。

2020年5月18日、日本医師会のCOVID-19有識者会議が「新型コロナウィルス感染パンデミック時における治療薬開発についての緊急提言」を出し、 科学的根拠の不十分な薬を承認すべきでない、十分な科学的エビデンスが得られるまで、臨床試験や適応外使用の枠組みで安全性に留意した投与を継続すべきなどを提言しました。

これらが貢献し、RCTでの有効性安全性を示すことなしにアビガンの承認ができなくなりました。アビガンのRCT(特定臨床研究)は、「観察研究」との名目でアビガンを多量に配布したため、RCT参加者確保が困難な状況にあり進展していません。このためアビガン承認の見通しは立っていません。

多くのひとびとの意識に医薬品の承認にはRCTでの有効性安全性の実証が必要なことが根付きました。

なし崩し的に医薬品承認に必要な臨床試験をなくし、リアルワールドデータ(観察研究)でよいとする方向に突き進んでいましたが、COVID-19危機を通じ、歯止めがかかった意義は大きいと考えます。

COVID-19予防ワクチン

一方、COVID-19予防ワクチンについては良くない状況です。治療剤と異なりワクチンは、多数の正常人を対象とするものだけにとりわけ安全性について慎重な扱いが必要なことは言うまでもありません。ところが、政府は猛スピードでの開発を推進しており、厚生労働省はこれに追随する通達を次々と出しています。

米国でもホワイトハウスと製薬企業が猛スピードでの開発を推進しています (Operation Warp Speed)。しかし世論調査はこれに不安をもつ国民が増えていることを示しています。ホワイトハウスと製薬企業は2020年内にコロナウイルスワクチンを実用化するとしています。しかし世論調査によれば多くの国民は、早くて2021年、それよりも遅れるのでないかと予測しています。開発のスピードとワクチンへの信頼は反比例の関係にあります。FDAの生物製剤評価研究センタートップのピーター・マーク氏は、米国人の3分の1はコロナウイルスワクチンの接種に非常に懐疑的という世論調査を引用し、市民の信頼を得るために科学を尊重した健全な開発を行うのがFDAと他の関係機関の仕事と語っています (Pink Sheet.2020.6.14)

一方日本はどうでしょうか。「ワクチンができるまでの辛抱」という世論形成のもとで、COVID-19ワクチンは慎重にという声は影を潜めているようにも見えます。

臨床試験を必要としない条件付き早期承認制度は予防薬も対象としています。承認申請時に臨床試験データを必要としないとの2課長通達がワクチンにも適用されると国会で答弁されています。治験届を出して30日間は治験を開始してはならないとのルールも、COVID-19ワクチン・治療剤には適用されないという2課長通知が出されています。そうした中でCOVID-19に対するこれまでに使用前例のないDNAワクチンの、大阪大学のベンチャー企業アンジェスによる日本で初めての治験が2020年6月30日開始されます。吉村洋文大阪府知事によると、治験は10月には数百人に拡大、年内に20万人のワクチンが製造可能で、2021年春~秋の実用化がめざされています

治療剤と異なりワクチンは多数の正常人に接種されるだけに、ワクチンについてのこの猛スピードは、とりわけ安全性面での危惧があります。注視を強める必要があると考えます。

薬剤師 寺岡章雄