新型コロナウイルス感染症COVID-19 研究論文は批判的評価の基本を忘れずに(NEWS No.538 p05)

新型コロナに関する研究に関して、BMJ誌の記事1)を読んで、この間ともすると忘れていた重大なことを思い出しました。

それは、現在では検討が不可欠になっているはずの、研究論文についての「利益相反がある執筆者」「報告の偏り」「透明性の欠如」という、2009年にタミフルの評価をめぐり問題になったことです。

新型コロナに関するこの問題は、New England Journal of MedicineとLancetという指導的な2つの医学雑誌に掲載された、ハーバード医学校に籍を置く筆頭著者の2つの論文がRetraction(撤回)されたことに端的に現れました。

一つ目の論文は、「5月22日、Lancetは観察研究を発表し、ヒドロキシクロロキンとクロロキンで治療されたCOVID-19の入院患者は、薬物を投与されていない患者よりも死亡と心室性不整脈のリスクが高いことを示しました。」2)という内容です。

もう一つの論文は、New England Journal of Medicineで論文を発表し、「アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬とアンジオテンシン受容体遮断薬は、COVID-19患者の危害のリスクが高くないことを発見した」というものでした。3)

著者達は、これらの論文のデータの信憑性が疑わしいことが指摘された後、別の第3者によるピュアレビューをすると公表しました。これには当然、信憑性が疑われたデータの元となったデータの開示が必要となります。しかし、これらの論文の元データを提供していた「Surgisphere」というヘルスケア分析会社が、元データの提出は「機密要件とクライアントとの合意に違反する」と提出を拒否した上に、著者達に論文を撤回するよう指導しました。1)

以上の経過は、タミフルのコクランレビューで問題になったことと同様の構造です。データを掌握していたのはタミフルではロシュ社でしたが今回はヘルスケア分析会社になったものです。タミフルの際は、私たちはコクランレビューが採用した「カイザー論文」の「報告の偏り」データの「透明性の欠如」と「著者の利益相反」を指摘しました。その結果、Tom Jeffersonらの働きと、多くの研究者やBMJ・英国国営放送BBCなどが、元データの提出を求めました。カイザー論文を根拠にした世界的な抗インフルエンザ薬の備蓄などがイギリス国会でも問題になりました。(4

その後の研究には元データの開示が要求されるようになり多くの進歩を遂げました。(5,6,7,8

注目すべきは、この時はWHO、European Medicines Agency 、米CDCはカイザー論文を元に、元データを調べることもなく備蓄を推奨したのです。新型コロナでは、これらの機関が前回の失敗を反省して、このような過ちを犯すべきでありませんし、今回も私たちの努力で、一定の改善を実現できる可能性はあると思われます。

今回の新型コロナでは、洪水のような論文が押し寄せ、雑誌社も先を争ってそれらの論文を掲載としています。例えば、医問研6月例会ではNew England of Medicine電子版が、新型コロナ治療薬の「コンパッショネートユース」として単なる観察研究を掲載した問題点が報告されました。新型コロナに関するデータはこのような環境で発表されていることを十分に注意しながら見る必要があります。

ましてや、これらの『研究』の報道やブログにはより慎重に接すべきです。

Internewsという報道関係のブログには、アビガンの評価では、「過去から学ぶべきだ」として、前述のタミフルの例をあげて著者の利益相反、研究のスポンサー、元データの問題を検討した上で報道するべきであると書いています。その上で、臨床試験を報道する場合の彼らが作成したガイドラインを載せており、我々にも役立つと思います。9)

今後は、『治療薬』『ワクチン』開発結果がどんどん発表されるかと思いますが、それらの洪水に流されないようにしたいと思います。

はやし小児科 林

〈参考文献〉

1) BMJ 2020;369:m2279 doi:10.1136/bmj.m2279

2) Lancet. doi:10.1016/S0140-6736(20) 31324-6.

3) N Engl J Med2020;4. doi:10.1056/NEJMc 2021225.  pmid:32501665

4) BMJ2009;339:b5387. doi:10.1136/bmj. b5387 pmid:19995818

5) DJ Sheridan, Evidence-Based Medicine Imperial College Press 2016

6) J Brown, Influenza. Touchstone 2018

7) GAllin JI et al.(Edi). Principles and practice of clinical research 4th Edi.Academic press 2018

8) Goldacre B 悪の製薬 青土社2015

9) https://internewsCOVID19.org/2020/05/26/rumour-favipiravir-avigan-and-how-to-report-on-new-miracle-drugs/