臨床薬理研・懇話会2020年8月例会報告(NEWS No.540 p02)

臨床薬理研・懇話会2020年8月例会報告
シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第59回
「神経障害性疼痛治療剤」プレガバリン(リリカ)の有効性安全性

プレガバリン(リリカ、ファイザー)は、医療用医薬品で抗がん剤3品目に次ぐ4位の売り上げの製品で、2017年度の売り上げは790億円にのぼる。世界(2017年)でも医療用医薬品売り上げ13位(6000億円)の製品である。

Anesthesiology2020年8月号(133:265-79)に「術後の急性疼痛管理へのガバペンチノイドの手術関連使用:システマティックレビューとメタ解析」(https://doi.org/10.1097/ALN.0000000000003428) の論文と「手術関連ガバペンチノイド: バブルがしぼむ」の論説 (133:251-4)が掲載された。281トライアル (N=24682参加者) のメタ解析の結果、臨床的に意味のある鎮痛効果はなく、害作用は大きいとの結論だ。ガバペンチノイドはこの論文では、プレガバリン(リリカ)とガバペンチン(ガバペン、レグナイト)である。なお、2019年、新たなガバペンチノイドとしてミロガバリン (タリージェ、第一三共)が発売されている。

今回はこの2つの論文と、リリカの坐骨神経痛に対するプラセボ対照二重遮へいRCT論文 (NEJM 2017; 376: 1111-19. https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1614292 )を取り上げる。

Ⅰ システマティックレビューとメタ解析論文(カナダ) 2020.8

ガバペンチノイドは急性疼痛の管理に広く用いられているが、手術関連使用の臨床的便益は不確かである。本論文の目的は、成人患者におけるガバペンチノイドの手術関連使用時の鎮痛作用と有害反応を評価することである。主要アウトカムは手術後の急性疼痛の強さ(100ポイントスケール)である。副次アウトカムは手術後の亜急性疼痛、慢性疼痛の発生、本剤が代替すると期待されているオピオイドの累積使用、継続オピオイド使用、入院期間、有害反応を含んでいる。12, 24, 48時間後の疼痛強度に減少がみられたが、いずれも臨床的に意義のある変動閾値である10ポイント以下であった。72時間後の疼痛強度、亜急性疼痛、慢性疼痛では効果は観察されなかった。ガバペンチノイド使用は術後の悪心・嘔吐リスクが低かったが、めまいと視力障害リスクは有意に大きかった。すなわち、ガバペンチノイドの術後使用は臨床的に意味のある鎮痛効果をもたらさず、有害反応は大きかった。

Ⅱ システマティックレビュー論文と同時掲載された論説(米国) 2020.8

ガバペンチンは1993年FDAにより発作 (seizure)治療の適応で承認された。続いて2002年にはヘルペス後の神経痛に対し承認された。唯一の疼痛の適応であるが、他の適応の疼痛に大幅に適応外使用され問題となった製品である。プレガバリンはFDAが2004年に神経性疼痛 (neuropathic pain)(糖尿病性神経障害およびヘルペス後の神経痛)の適応で承認した。その後線維筋痛 (fibromyalgia) (2007年)、脊髄損傷神経性疼痛 (spinal cord injury neuropathic pain)(2012年)の適応で承認した。

この2つの医薬品は、脊髄と末梢神経の voltage-gatedカルシウムチャンネルのα2δサブユニットに結合し、活性化された感覚感受性神経終末 (nociceptors) からの興奮性神経伝達物質放出を減じ、上行性疼痛伝導を阻害し、下行性阻害経路を活性化し、痛覚過敏 (hyperalgesia) と中枢性増感 (central sensitization) を妨げるとされている。FDAはどちらの医薬品も外科性疼痛の治療または予防の適応では承認していない。

術後鎮痛剤の有害事象の中で、最も危険なのは呼吸抑制である。オピオイドと併用した際にガバペンチノイドはオピオイド単独よりも呼吸抑制リスクが大きい。FDAは現在ガバペンチノイドの呼吸抑制の有害反応を認識しており、添付文書でも警告している。また、オピオイド併用時の呼吸抑制を評価するための新たな臨床試験を要求している。

この20年間にガバペンチノイドを日常的に手術関連の疼痛に用いる便益のエビデンスは先細りである一方、有害反応のエビデンスは増加している(図)。

Ⅲ 坐骨神経痛に対するプラセボ対照二重遮へいRCT (オーストラリア) 2017

リリカは1日150mg 最大600mgを8週間投与である。主要アウトカムは脚疼痛の強度(10ポイントスコア)、副次アウトカムは主要アウトカムを52週間でも評価、他に身体障害の程度、背部痛の強度、1年以上のあらかじめ決めた時点でのQOLである。症例数は209症例、108例プレガバリン、101例プラセボ。8週疼痛スコアは3.7 vs 3.1, 52週スコアは3.4 vs 3.0、主要アウトカム8週と52週の副次アウトカムのいずれも有意差なし。有害反応の発生は227 vs 124 でプレガバリンに有意に多く、とりわけめまいが多かった (オーストラリア国立保健医学研究審議会の基金による研究)。

Ⅳ リリカの効能・効果 日本・米国・英国の違い

日本 「神経障害性疼痛、繊維筋痛症に伴う疼痛」

(川口浩氏(東京脳神経センター整形外科・脊椎外科部長)は、リリカは神経にある特殊なたんぱく質に働き痛みを抑えるというが、神経が圧迫される腰痛ぐらいではこのたんぱく質が現れず、効果は期待できない。乱用の一番の原因は「神経障害性疼痛」の広く解釈されるあいまいな効能で、とりわけ日本が問題としている。池田正行 (マッシー)氏は、産官学一体となったリリカの乱用は、日本に特徴的なものでなく「神経障害性疼痛」の効能・効果はグローバリゼーションの一環と指摘している。)

米国 「糖尿病性末梢ニューロパシー (DPN) に関連する神経障害性疼痛 (ニューロパシックペイン)」「ヘルペス後の神経痛」「生後1か月以上の患者における部分発作治療の補助療法」「繊維筋痛症」「脊髄損傷に関連する神経障害性疼痛」

英国 「末梢性・中枢性神経障害性疼痛」「てんかんの補助療法」「成人の全般性不安障害 (GAD)」

Ⅴ 当日の議論

例会は事務所でのリアル参加者とZoomを通じての参加者により、リリカについての活発な話題提供と議論があった。前病院薬剤師からこれは効いたという症例は一つもなく、害反応は多かった。使用を減らすよう努力したが、今でもこれだけ使われているということを聞いて危機感があるとの発言。脊椎管狭窄症で突然歩けなくなった退職薬剤師は、医大の整形外科で手術を希望したが順番待ちでその間リリカが処方された。門前薬局の薬剤師から「この薬は副作用が強く飲み続けられる患者はまれにしかいない。続けられるとはよほど副作用に強いのですね」と言われた、などの話。適切な代替処方薬がないので、それでも多く出ているようだ。

抗てんかん・けいれん剤や精神科領域の医薬品が疼痛治療に使われてきた例は多い。ガバペンチンのオリジナルブランド名は「ニューロンチン」だが1993年にFDAが抗てんかん剤として承認した。カルバマゼピン (テグレトール)は部分発作の第一選択薬だが、三叉神経痛の適応でも広く使われている。害反応も類似点があり、リリカの害作用であるめまいや視力障害はカルバマゼピンの副作用でもある。リリカは英国では「成人の全般性不安障害 (GAD)」の効能・効果もある。セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤のデュロキセチン(サインバルタ)は、うつ病のほかに「下記疾患に伴う疼痛 糖尿病性神経障害 繊維筋痛症、慢性腰痛症、変形関節症」の効能がある。

当日の議論でコクランレビューでの評価はどうなのだろうかという問いかけがありましたので、調べてみた。

成人における慢性神経障害性疼痛に対するプレガバリン

https://www.cochrane.org/CD007076/SYMPT_pregabalin-chronic-neuropathic-pain-adults

2018年4月時点の45RCT(11906参加者)でのレビューで、前回2009年のレビュー結果と基本的に変わっていないとしている。ヘルペス、糖尿病後の中位(moderate)または重度の(severe )神経障害性疼痛に対し、1日300または600mgのプレガバリン経口投与で、中位の質のエビデンスが認められたとしている。HIVに関連する神経障害性疼痛には効果がないとしている。スタディサイズが小さい、バイアスのリスクが不明確、不完全なアウトカムデータ、遮へい性などの問題が存在することについて記している。プレガバリンに中止例が多いことを記しながら、重篤な害反応はプラセボと変わらないとしています。

いずれにしても、今回取り上げた坐骨神経痛に対するプラセボ対照二重遮へいRCTのように、個々の疼痛に対するきちんとしたRCTがない場合は行う必要がある。

薬剤師 寺岡章雄

ニュース解説
「リリカ」1000億円市場めぐるファイザーと後発品メーカーの攻防
更新日  2020/08/20
https://answers.ten-navi.com/pharmanews/19066/