原発事故後に上昇を示す福島県の小学生「ぜんそく」被患率の検討-学校保健統計調査―(NEWS No.540 p06)

【目的】

福島原発事故後の子どもたちへの健康被害が、小児甲状腺がん、周産期死亡、複雑心奇形手術例の増加などが報告されている。今回、全国一律に実施されている学校健診の項目について、事故後の環境汚染地域を中心に検討を行った。

【方法】

文部科学省では、児童、生徒及び幼児の発育及び健康状態を明らかにすることを目的として、5歳から17歳までの20数%を抽出し、学校保健安全法による健康診断の結果が、学校保健統計調査として報告されている。裸眼視力、虫歯、脊柱、鼻・副鼻腔、耳、尿蛋白、心電図異常などが、疾病・異常の被患率で示される。この資料をもとに、子ども達の健康状態の変化を調べるため、平成18(2006)年から30(2018)年までの「疾病・異常」の項目中「ぜんそく」について検討した。

【結 果】

ぜんそく被患率の年次推移

この学校保健統計調査での「ぜんそく」の定義は、医学的に厳密に定義されるものではなく、

  1. 事前に実施される保健調査(保護者向けの問診)
  2. 学校医による健康診断での所見

から、健康診断票に記載された内容である。この定義により、全国一律、例年同様に行われている。「ぜんそく」の児童の割合は、被患率として毎年報告される。

被患率(%)=「ぜんそく」児童数/総児童数 × 100

この被患率について、全国、福島県、千葉県の、1006年から2018年までの、年次推移を求め、グラフに示す。

全国の被患率は例年、小学生>中学生>高校生の順に高いが、2011年の事故を挟んで、どの学年にも変化はみられない。(図1)

一方、福島県では、小学生の被患率が事故のあった2011年から明らかな上昇を示し、その後も数年高止まりとなっている(図2)。

千葉県(図3)についても同じ傾向がみられてるので、これらについて統計学的推論を試みた。

学年別児童数

報告される被患率は割合であり、統計学的推計の実数変換の参考とするため、各年度都道府県別の年別児童数は、文科省の学校基本調査を基にした。表1は福島県の毎年の各学年児童数である。

(表1)

事故前後の全国、福島県、千葉県の学年別児童数(表2)

被患率の時系列解析

時系列におけるイベント前後のアウトカムの変化をみる中断時系列解析 (Interrupted time-series analysis)を用いて検討した(図4)。

例として福島県の9歳児について、2011年の原発事故を介入イベントとして、前後5年間の「ぜんそく」被患率の傾向を回帰直線で求める。

(図4)

それぞれの回帰直線に事故前X=2010、事故後X=2011を代入して事故前後の切片を算出し、被患率の変化を推計する。事故直前の被患率の推定値は2.96、事故直後は5.62となる。全国の9歳児では、前値は4.03、後値は4.33である。また、千葉県の9歳児では、前値5.26、後値6.36を示した。

同様の推計を全国、福島、千葉の、5歳から12歳の集団について行い、表3に示す。

(表3)原発事故前後の被患率の推計値

事故後の相対リスク  被患率は、母数における「ぜんそく」の割合なので、母数と被患率から被患児数と非被患児数を得ることができる。

例えば福島4年生(9歳)

被患児数非被患児数
2010年588 19,283曝露前
2011年1,04617,562曝露後

における相対リスクの推計値(R.R)と、95%信頼区間の下限値(L)と上限値(U)は

R.R=1.34  (L:1.21、U:1.49)

となる。

同様に、表3の事故前後の被患率の推計値で、全国、福島、千葉の被患児数、非被患児数を、表2の児童数から、事故後の相対リスクと信頼区間を求め、表4に示す。

(表4)相対リスクと95%信頼区間の下限と上限
表4より

福島、千葉ではともに、小学校全学年で、相対リスクの下限は1を超えており、「ぜんそく」被患率は原発事故を挟み、有意の上昇を示している。

【考 察】

避難による交絡の検証

福島県の変化は、児童の避難行動による可能性の指摘がある。

1)児童数が減り、分母が小さくなると被患率が上がる

2)換気、空気汚染など、避難生活の悪化

1)について福島県では、事故後の各学年児童数は減少し、回復はみられていない。

仮に「ぜんそく」被患児童だけが、避難に取り残された場合、被患率は1.05~1.20と上昇するが、本推計による相対リスク1.25~1.34よりも小さい。同じ比率で避難した場合、本推計と同じリスクとなる。体が弱いので、積極的に避難した場合は、本推計よりも、さらに高いリスクがあるといえる。

2)について、避難場所の環境、密集した住居、大人との同居による受動喫煙などによる悪化の可能性は考えられる。

しかし、1)、2)とも避難生活のない千葉県の児童でのリスク上昇は説明できない。

今回、福島原発事故初期の汚染のあった、福島県と千葉県について明らかな「ぜんそく」被患率のリスク上昇を認めた。しかし、他の宮城、岩手、栃木、茨城はこの方法で確認できなかった。今後、健診の生データなどを基に、全体像を明らかにする必要がある。

福島全県、千葉都市部の放射性微粒子の汚染状況

文献的考察

原発事故として、同様の環境放射能汚染を受けたチェルノブイリにおいて、ベラルーシ、ウクライナ、ロシアなどから、事故初期の揮発性ガス状放射性微粒子の影響(IAEA 1992、Antonov 1996、ほかロシア語)、Cs137による子どもの肺機能の低下(Svendsen 2010,2015)など、呼吸器系疾患発生の増加が報告されている。事故後の双葉町と木ノ本町(滋賀県)のアンケート調査(岡山大)では、双葉町の「ぜんそく」のオッズ比は10.1であった。

【結論】

福島および千葉でみられている、学童の呼吸器系の異変は、原発事故による健康影響が否定できず、呼吸機能などの精密な検索による評価を要する。さらに、放射性微粒子による、甲状腺がん以外の肺、呼吸器系の疾患、悪性腫瘍の長期的な観察が必要である。

入江診療所 入江紀夫