臨床薬理研・懇話会2020年9月例会報告(NEWS No.541 p02)

臨床薬理研・懇話会2020年9月例会報告
シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第60回
インフルエンザに対するゾフルーザの予防効果

ゾフルーザ(一般名: パロキサビル マルボキシル)は、新規の作用機序によりインフルエンザウイルスの増殖を抑制するとされる経口剤です。2020年7月13日メディカルトリビューン紙が「パロキサビル、インフル ”予防“ にも有効 家庭内感染を強力に抑制」の記事を掲載しました。多施設二重遮へいRCTで、「発症率を1.9%に、80%以上の抑制効果」の顕著な効果を示したとしています。

本当なのでしょうか。今回はこのニューイングランド医学雑誌に掲載されたオリジナル論文を検討することにしました。

Hideyuki Ikematsu et al. Baloxavir Marboxil for Prophylaxis against Influenza in Household
Contacts. NEJM 2020 Jul 23; 383(4): 309-320.

かつて、TIP誌でインフルエンザ用剤タミフル (オセルタミビル)がインフルエンザ予防に価値があるか、の検討がされました(浜六郎. オセルタミビルはインフルエンザ予防に無効. TIP 2005; 20 (2).p18-20)。共通した事例です。今回の例会には浜六郎さんもズーム参加くださり、種々アドバイスをいただきました。

著者たちは、ゾフルーザが household setting において暴露後(postexposure)の予防有効性があるかを検討しました。日本での2018-2019シーズンにおけるインフルエンザが確証された545 例の指標患者(index patients) の、全部で752例の家庭内接触がランダムに単一用量のゾフルーザまたはプラセボのいずれかに1対1で割り付けられました。指標患者のなかで、95.6% がインフルエンザAに感染しており、73.6%が12歳未満であり、52.7%がゾフルーザを31.4%がタミフルを投与されていました。

有効性エンドポイントは複雑です。主要エンドポイントは laboratory confirmed clinical influenza(1-10日目の期間)であり、その定義はインフルエンザウイルスRNAのRT-PCR陽性とともに、発熱(腋窩温度、37.5度ないしそれ以上)および少なくとも1つの中等度または重度の呼吸症状の存在です。

Key secondary clinical endpointsのひとつは、RT-PCR confirmed illness で、その定義はインフルエンザウイルスRNAのRT-PCR陽性とともに、体温が37.5度以上もしくは1つの中等度ないし重度の症状の存在です。また発熱や症状にかかわらないRT-PCR陽性で確証されたインフルエンザウイルス感染もKey secondary clinical endpointsとなっています。事後の解析では、セロコンバージョン(4倍HAI抗体価)またはRT-PCR陽性に従って、感染、infection with illness、症状のない感染のいずれかのエビデンスを有する参加者のパーセンテージが調べられました。Key safety end points は臨床的な有害事象と異常な laboratory values でした。

評価の可能な参加者のなかで(バロキサビル群の374例、プラセボ群の375例)、臨床インフルエンザが発現した参加者のパーセンテージはプラセボ群と比較してゾフルーザ群で低値でした(1.9%対13.6%)(調整リスク比0.14;95%信頼区間0.06-0.30、p<0.001)。ゾフルーザは高リスクの参加者、小児参加者、ワクチン接種していないサブグループ参加者で効果がありました。インフルエンザ感染のリスクは、症状の有無にかかわらず、プラセボと比較してゾフルーザ群で低値でした (調整リスク比0.43; 95%信頼区間0.32-0.58)。有害事象の発現率は2つの群で同じでした(ゾフルーザ群22.2%、プラセボ群20.5%)。

かなり根本的なこととして、ウイルス感染症の「予防とは何を意味するのか」があります。

予防には「個人的な感染の防止、感染しても発症の防止」と「集団での感染の抑制」の2つの面があります。このうち、2番目の「集団での感染の抑制」は、まさに今新型コロナ感染症で問われている予防の根本的な要素です。今回のゾフルーザの場合もそのような視野は必要で、ワクチンでない「治療剤」の「予防」効能は適切なものかの大きな問題があると考えます。

しかし、このゾフルーザの論文からそこまでの議論は困難がありますので、予防を「個人的な感染の防止、感染しても発症の防止」に限定して考えます。

まず、この論文の主要エンドポイントであるlaboratory confirmed clinical influenzaが疑問です。

定義からこれはインフルエンザウイルスのRT-PCR陽性と発熱および一定以上の呼吸症状発現を複合した指標です。しかしこれにはいくつかの大きな問題が存在します。

ひとつは、タミフルの場合も見られ、ゾフルーザでより顕著なことに、添付文書にもあげられている本剤投与後のウイルス力価の顕著な減少があります。服用した翌日からRT-PCRが陰性化し、これはセロコンバージョンでも同様です。感染していても感染が確定できません。

患者にとって「予防」は、インフルエンザによる症状全体を抑制するのかが重要です。

ゾフルーザを使用してRT-PCR陽性のインフルエンザは減らせても、インフルエンザ患者は減らせず、効果は単に鼻粘膜からウイルスが見つからなくなるか、抗体が上昇しなくなるだけということになります。この点で、「RT-PCR陽性で有症状例」の数が実際にどうなっているのかが重要ですが、今回の論文にはどこにも記載がありません。また脱落例の詳細についても記載がありません。

有症者数がウイルス検査陽性確定例のみの記載で、全有症者数での比較ができません。

これが今回の論文の最大の欠陥であり、「80%以上の抑制効果」のからくりでもあります。このような論文が最高レベルといわれるNEJM誌にそのまま掲載されるのは問題ですが—。

ゾフルーザ予防には、もうひとつ高頻度に耐性ウイルスができる問題があります。

この試験でもプラセボ群は耐性ウイルスの出現は0ですが、ゾフルーザではウイルス検査陽性であった63例中15例、24%、ほぼ4人に1人に耐性ウイルスが出現しています。

薬剤師 寺岡章雄