COVID-19と精神衛生、特に自殺との関連(NEWS No.546 p07)

コロナ禍で自殺が増加、特に女性と若年層

警察庁と厚生労働省は1月22日、2020年の自殺者数は前年比750人増(3.7%増)の2万919人(速報値)だったと発表した。これまで10年連続で減少していたが、リーマン・ショック直後の09年以来11年ぶりに増加に転じた。女性や若年層の増加が目立ち、新型コロナウイルス感染(COVID-19)拡大に伴う外出自粛や生活環境の変化が影響した恐れがある。

全体のうち男性は1万3943人(前年比135人減)と11年連続減となったのに対し、女性は6976人(同885人増)と2年ぶりに増加した。自殺死亡率(人口10万人当たりの自殺者数)は前年から0.8人増の16.6人だった。厚労省の分析では、年代別では40代が3225人(同71人増)と最も多く、中高年層の割合が高かった。増減率では20代(2287人)が17%増(同329人増)と最も高かった。19歳以下の未成年は14%増(同86人増)の707人だった。小中高生の自殺者は68人増の440人で、1980年以降で最多だった。内訳は小学生13人、中学生120人、高校生307人。

月別では、4~5月の緊急事態宣言中を含む上半期(1~6月)は毎月、前年同月を下回ったが、下半期(7~12月)は全ての月で前年を上回った。年間で最も多かった10月は660人増の2199人だった。厚労省自殺対策推進室の担当者は「コロナ禍による生活環境の変化に加え、著名人の自殺報道による影響など、幅広い要因が考えられる」としたうえで「(月ベースで増加に転じた)下半期の傾向を見ると、経済問題が要因とみられる自殺が目立っており、相談窓口を拡充して必要な支援につなげられるよう取り組みたい」と話している。

また、2020年7月以降の女性の自殺者の数が増えているのは、新型コロナウイルスの感染拡大による経済面や家庭での悩みが影響している可能性がある、との分析結果を2020年10月21日、厚生労働相の指定を受けて自殺対策の調査研究を行う「いのち支える自殺対策推進センター」(以下、センター)が発表した。警察庁によると、自殺者数は7月から3カ月連続で前年同月を上回った。8月(速報値)は前年同月より251人多い1854人で、うち女性は651人で約4割増加した。センターは、7月以降、同居人がいる女性や無職の女性の自殺が増え、人口10万人あたりの「自殺死亡率」を引き上げた、と分析する。コロナ禍では多くの非正規雇用の女性が仕事を失っている。DVの相談件数や産後うつが増えているとの報告もある。「経済・生活問題や、DV被害、育児の悩みや介護疲れなどの問題の深刻化が影響した可能性がある」としている。

8月には、中高生の自殺が2015年以降で最多の58人にのぼり、特に女子高校生が増えている。センターは、オンライン授業の進度についていけないなど、コロナ禍での自宅や学校での環境の変化が影響しているとみられる、とした。さらに、7月下旬の俳優の自殺報道の後、主に10~20代の自殺が増加したといい、報道の影響は大きいと考えられるが、報道が潜在的な自殺衝動を助長したとも考えられる。

生活支援策、休業補償などの社会政策は自殺予防効果あり

一方で、4月から6月にかけての自殺者数は、過去5年の傾向からの予測値よりも少なかった。センターは、新型コロナの感染拡大を受けて「命を守ろう」とする意識が高まったことなどが影響した、とみている。また、政府の支援策である住居確保給付金、緊急小口資金、総合支援資金は一定の自殺抑止効果がみられた、としている。

感染対策は人と人のつながりや社会的サポートを物理的に分断する

欧米では、大規模な感染症は感染症災害とされ、災害に準じた活動が行われる。感染症はほかの災害と同様に、集団に大きなストレスをもたらし、集団の自殺リスクを高める。

感染症は検疫や都市封鎖など見えない危機事象に継続的に対応しなければならず、終わりがない被災感を抱き続けなければならない。先の見えない不安を減らすために、特定の人や集団の責任を求めて攻撃を行うスケープゴート現象が生じうる。

感染拡大防止のためのphysical distanceや隔離、検疫などの感染対策は、社会危機に立ち向かうために必要な人間の絆や相互の社会的サポートを物理的に分断する。これによって人は自らの対応を相互承認したり、安心感を得たり、情緒的に交流したりすることが困難となって、個人の孤立感、絶望感を深め、自殺リスクが高まる。感染した人、しない人のあいだで情報も分断されるために、感染した人へのデマ、風評から差別・スティグマが生じることも懸念される。

ヨーロッパ諸国における影響は、強力なセーフティネットのある国では減弱し、労働政策プログラムや社会保険は、失業の自殺率上昇の影響を抑制していた。収入や雇用の確保そして保健・社会的支援に代表される社会的包摂性のある仕組みが整備されているヨーロッパの国では、国内総生産と自殺率は逆相関がみられている。

医療関係者のメンタルヘルス

医療提供者が従事する環境は、COVID-19に暴露するリスクは高く、メンタルヘルス上の問題を呈することが指摘されている 。国際的には、感染症と医療関係者のメンタルヘルスに関する研究成果が蓄積されてきている。メタ解析の結果によると、(1)医療関係者は、健康不安、不眠、精神的苦痛、バーンアウト、不安、うつ症状、PTSD、身体化、偏見を受けたことによる偏見を経験する頻度が高い、(2)感染へのリスクの高い業務に従事した医療関係者には、PTSDおよび精神的苦痛が認められ、特に若年、短い専門職歴、養育中、感染家族あり、長期隔離、実支援なし、社会からの偏見を体験した者にリスクが高い。

COVID-19のパンデミックでは、人工呼吸器やECMO(extracorporeal membrane oxygenation)による治療可能な患者数に限りがあることが認識された。患者の急増により医療が逼迫した場合、限られた医療資源の優先順位付けが医師に迫られることになり、そのために惹起されるメンタルヘルス上の問題として、「モラル損傷」がある 。COVID-19治療にあたる医療現場における早期支援とアフターケアの必要性が指摘されている。

パンデミックとなるような感染拡大では、経済社会活動の停滞、感染対策上の行動制限といった状況から、生活困窮、人と人のつながりの分断がもたらされ、自殺リスクが高まる。生活保障や休業補償に加えて、科学的根拠に基づく感染対策は行いながら、人と人とのつながりを工夫しつつ、公的にも人と人との交流を保障させていかなければならない。緊急事態宣言や一斉休校は自殺予防や精神衛生保持には有害といえる。

いわくら病院 梅田

ニュース記事より:

https://www.nikkei.com/article/DGXZQODG05BX30V00C21A1000000/

http://dm-rg.net/news/2021/02/020630.html

https://www.asahi.com/articles/ASNBP6JXZNBPUTFL002.html

自殺予防のための基本的な視点を得るための参考に:

https://www.jspn.or.jp/uploads/uploads/files/activity/20200516_01r.pdf